33.瞳の中に映るもの
いままでこんな風に
まるで守られているように……抱きしめられたことはなかった
杏実に対しての両親の態度はいつも冷たいものだった
抱きしめられた記憶もなければ、笑いかけてくれたこともない
いつも駆り立てるように勉強を強いられていた
完璧であるようにと……厳しくしつけられた
杏実はいつもそんな両親に応えられなかった
そして……いつしか反発を覚えるようになったのだ
反発する杏実に両親は、さらに冷たく当たるようになった
そんな時、祖母は唯一の杏実の理解者であり、癒しであり、味方だった
”杏実はダメな子じゃないよ。家族の中でいちばんやさしい子だから、辛いことが多いのよ”
そういって泣いていた杏実の頭を撫でてくれた
両親が自分たちの地位のために、祖母のことを病気扱いし施設に追いやろうとしたとき、杏実は迷わず祖母の味方に付いた
祖母の友人であるフミに会いに行き、祖母を助けてくれるように頼みこんだ
フミは快く手を貸してくれた
そしてフミのもとに、祖母と共に来た
地元ではそれなりに有名だった大学は辞めた
両親は激怒して杏実のことを罵倒した
こんな出来の悪い子は私達の子供ではない……家を出るのなら縁を切るとまで言われた
怖かった
―――――でも
杏実にはこの道しかなかった
一人で頑張る道以外
そんなとき……颯人に出会った
常に人の輪の中に溶け込みながらも、自分の主張を変えることなく……ゆるぎない強さを感じた
その強さに引かれた
今、颯人の腕の中にすっぽりと包まれていると、颯人からその強さを与えてくれているように感じる
人の体温がこんなに安心するものだとは知らなかった
ちゃらり~
ビクッ
突然鳴り響いた音にビクッと身体を揺らす
荷物のほうから、携帯の着信音らしい音が聞こえてきた
颯人の携帯らしい
聞いたことがない音楽だった
杏実はハッと我に返る
まずい…
まったりしている場合ではなかった
着信音が鳴っても颯人はピクリとも動かない
ぐっすり眠っているようだ
しかし颯人が起きてしまう前に離れなくては
そう改めて決意する
手を外へ伸ばして颯人の腕の外に出ようともがいてみる
しかし後ろから抱きすくめられていることで、手は自由なのだがうまく力が入らない
びくともしないのだ
こうなったらこの腕の中で回転して颯人と向き合い、胸を押して無理やり抜け出す方法しかないようだ
思い切って体をひねってみる
回転できた!!
思わず小さくガッツポーズをする
さあ、後は思い切って颯人の胸を押して…
試みようとした時、何気なく顔を上げる
それがいけなかった…
颯人の寝顔が目に飛び込んできた
いつも深い海のような黒い瞳は閉じられており、形のいい唇は軽く開いている
きゅんと胸が鳴る
不謹慎ながら寝顔にときめいてしまった
いつもの凛とした雰囲気とは違って、寝顔はあどけなく無防備だ
また違う朝倉の一面を見てしまった
しかも今は彼の腕のなか
とびきりの贅沢な気がする
「ん…ミルク…?」
颯人がなにかぼそりと呟くと、ぎゅうと目をつむった
杏実が見つめていたせいで、眠りが浅くなってしまったようだ
杏実がその様子にハッとすると同時に、―――――颯人の目がゆっくり開かれた
二人の視線が合う
「あっ……あの…」
杏実はなんとかこの状況への言い訳をしようと口を開くが、うまく言葉が浮かばない
颯人は瞳はその様子をじっと見ていた
どど……どうすれば
颯人が何も言わないことにも、さらに不安が膨らんでくる
「あの……あの…違うんです。……私もどういうことなのか…」
必死で説明しようとしていると、やがて颯人がゆっくり口を開いた
「………なんで?」
「え?」
「なんで……ここにいるんだ?」
えーーーー!!!
それを聞きたいのは私のほうです
「……ずっと君に…会いたいと思ってた…」
え?
勝手に布団に入ってきたことを怒られる……少なくとも”離れろ”そう言われると思っていた
しかし、予想された返事とは全く違っていことにびっくりして颯人を見る
颯人は、変わらずこちらを見つめていた
しかしぼんやりとしており、いつもと様子が違う
「朝倉さん? ……もしかして寝ぼけてます?」
「………」
颯人は返事をしない
「あさく…」
もう一度呼びかけようとすると、颯人がまたぼんやりと口を開いた
「君は……誰なんだ?」
「え?」
さっきから颯人は誰のことを言ってるんだろう
夢?
もしくは…
「……君がいなくなって…俺は…」
ぼんやりと語られる言葉
寝ぼけているのだしかしその内容は……いままで抱えていた辛い気持ちを打ち明けられているような
―――――颯人の心の中を覗いているような感覚
今……颯人はその黒い瞳の中に誰を見ているのだろう?
でもそれは杏実ではない
「………会いたかった」
そう言いながらゆっくり颯人の顔が傾いた
次第に近かった杏実との距離がさらに近づいて、そっと唇が触れた