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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 3 〉
32/100

32.悲しい夢と…彼の腕


『友達のところに遊びに行きたい?』


母の冷たい視線を感じた。しかし必死でうなずく

今日は大好きな美紀ちゃんの誕生日会だから……何としてもいきたい


『先日の塾の成績……また下がっていたの忘れたの?』

『……っ! でも今日は美紀ちゃんの…』

言い終わらぬうちに、母の大きなため息が聞こえて口をつぐむ


『……本当にあなたは何をやってもダメな子ね』

『ごめんなさい……』

『葵、この子。物置にしばらく閉じ込めてきなさい』

近くで見ていた姉の葵が何も言わず近づいてくる

出来のいい姉はいつも母の言うがまま

今から自分が置かれるだろう環境のことを思い出して、思わず身体を硬くした

やがて姉の腕が伸びてきて、強い力で引っ張っていく


『やだ……あそこは窓もないし……前にゴキブリが出てきて…』

『先日塾から頂いた問題集を仕上げるまで出してはだめよ』

『お母さん……あそこは嫌なんです! 自分の部屋でしますから』

『葵。連れて行きなさい』

『お母さん……お母さん!!』

母はそのまま背中を向け、行ってしまう


『お母さん!! お母さん!!!』

必死で呼び続けた

でもわかっていた……母は振り向くことはない

だって…

―――――いつも私の言葉は無視されていたから



「ん…」

なんだか……あったかい


昔の夢を見ていた気がする

悲しい夢

いつも期待に応えられない杏実だけに冷たい視線を送る母

予期せぬ動きをもって這い回る虫……恐怖を覚えて必死に助けを求めたけれど、応えてくれることはなかった

その恐怖と母の存在はいつしか杏実の中でリンクして居座り、いつも克服できないでいる

自分には乗り越えられないと、あざ笑うかのように……『思い出せ』とでも言うように”あの虫”を見るたび、繰り返し夢に見る

あれから十年以上も経っているというのに


でも……なぜか…今は辛くなかった


夢うつつの中で感じる存在

大きくがっちりとした腕の中にすっぽり包まれて、その温かさを与えてくれている

薄い服越しに伝わる鼓動と、それではまだ足りないかというように絡められた足

そのすべてから、直接彼の熱が伝わるようで…


――――彼?


彼って?

恋人?

今までそんな存在はいたことはない

でも今はそんなことはどうでもよかった

大きな温かいものに守られて、安心だから

その息遣いが心地いいのだから

まるで『一人じゃない』と言われているように感じるのだ


『はぁ…』

杏実はその心地よさにため息を漏らした

次第にぼんやりとした手足の感覚が、はっきりとしてくるのを感じた


………朝だ


瞼の奥に朝日が差している

その光を感じて、杏実はゆっくりと瞼を開いた



ここはどこだっけ?



目の前にアイボリーのおちついた色調の壁。淡い色で描かれた牡丹と思われる花の絵が飾られた床の間に、小さな生け花がそっと佇んでいる。その両者を包み込むかのように二本の上等な白木の柱が力強く伸びていた

それはどれも……古ぼけた杏実のアパート部屋とはかけ離れている

しばらく見つめていると、次第に状況を思い出してきた


そっか……ここ旅館だった


杏実は起き上がろうと体を起こそうとした

しかし予期せぬ出来事に、ギョッとする


―――――動けない

というのも杏実の身体は、背後から伸びた二本の腕によって抱きすくめられていた


……え?! ……え????


必死でこの状況を把握しようと、寝ぼけた頭を働かす

昨日おばあちゃんたちの策略にはまって朝倉さんと二人きりになっちゃって……その後、妙なおもちゃに驚かされて………そうだ結局その布団で寝るのが怖くなって、一人で洗面所で寝て…


洗面所?


いや……どう考えてもここは客室だ

おまけに隣に布団が一組見える。その枕カバーは赤のストライプがついている


……ということは、ここは朝倉さんの布団?


今までそんな夢遊病者のような行為をしたことはなかった……でも寝ぼけて来てしまったんだろうか?

朝倉さんのことを思うあまり……?

無意識でって言っても……それって変態行為じゃない?


はっ!?


いやいやそんなことは今どうでもいいのよ

ということは……

この腕は…………


朝倉さん!!!


今、杏実の背後にいる人は……杏実を抱きしめているぬくもりは『彼』なのだ

パニックになった頭とともに、心臓も起き抜けと思えないぐらい早鐘を打ちだす

ドッック……ドッック…


どどどどどどどど……どうしよう!?


とりあえずこの状況から抜け出さなくては……と思って身体を動かす

しかしその振動が伝わったのか、颯人が身体を動かし始めた


お……起きた!!??


今颯人に目を覚まされると非常にまずい

そう思って、杏実は動きを止めじっと様子をうかがう

しかし意図せぬことに、この体制は颯人の動きを直接伝えてきた

颯人の足が、杏実のはだけてしまっていた浴衣の隙間から侵入してきた……杏実の細くやわらかい脚と、颯人の筋肉の隆起した太くたくましい太ももが絡みつく

その触れ合った場所から、肌が鳥肌が立つように過敏になり颯人の素肌の感触をダイレクトに伝えてくる……その親密さに杏実の体は凍りついた

杏実は今までこんな体制で男性といたことはない。男性経験はもちろんのこと、こんなに近づいたことはないのだ

それゆえこの感覚に、どうしたらよいかわからなかった


颯人はさらに杏実の体を引き寄せると、再び体の力を抜いた

うなじにかかるかすかな息遣いが定期的なものに変わり、颯人が再び深い眠りについたことを告げていた


き…キャーーーー!!!


まさに心の中で悲鳴を上げる

動けない……ううん。それどころか、さらに密着してしまった

お互いの足は絡みつき、隙間を埋めるかのようにさらに引き寄せられ、一寸の隙間もない

気が付けば、一方の手は杏実の腰に絡みつき、反対の手は杏実のやわらかな胸を包み込んでいた

その感覚に全身がしびれるように熱くなるのがわかった

颯人の呼吸、身体のぬくもり、大きな手の感覚、たくましい素足の感触……そのすべてに熱を持っていて杏実の身体に熱を灯す


杏実の体が熱いのか、颯人の体が熱いのか……もはやわからない


杏実はしばらくじっとしていた

動揺して混乱する頭とは裏腹に

―――――不思議とその感覚、腕の強さが心地良くなってきた



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