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蜂蜜とミルクティー  作者: 暁 柚果
〈 3 〉
30/100

30.二人きりの夜~5


「朝倉さん」

「ん?」


「萌さんが犯人なのはわかりました。……でもいったい何の目的でこんなことをしたんでしょうか?嫌がらせでしょうか?」

杏実がそういうと、颯人は一瞬考えるように視線を落としてから、杏実をじっと見た

何か問いかける瞳


「朝倉さんはわかってるんですか?」

「まあな。お前はわからない?」

「ええ!!考えもつかないですよ。萌さんって人のことも知らないし、知らない人の考えなんて思いつきもしないです。教えてください」

杏実が真剣な表情で颯人を見ると、颯人は短い溜息を吐いてから話し始めた


「……あのおもちゃを作ったのは萌だけど、この計画自体はフミ婆が考えたものだと思う。まあ……萌が変な入れ知恵したのも事実だと思うけどな。おそらく圭さんも加担してんだろう」

「え? おばあちゃんが??」

「圭さんしかいないだろう。杏実の虫嫌いを知ってるのは」


『杏実』


さっき呼ばれた気がしていたが、改めて颯人からそう呼ばれると、ドキッとしてしまう

ずっと「お前」とか「こいつ」とかだったし、実は『スクラリ』にいたときも「アメ」とも呼ばれたことはなかった

颯人の中に自分が存在している証のような気がしてうれしかった


「目的は一つ。俺らをくっつけることだよ」


くっつ…?


「………ええ!!」

杏実が驚いていると、颯人は呆れた表情を浮かべる


「いまさら驚くことかよ。最初っからあの婆さんらが言ってただろうが。この旅行に杏実たちを同伴させて、部屋に二人っきりにさせたのも、おもちゃの虫を杏実の布団の中に忍ばしたのもそれが目的だ。杏実が怖がって、俺に助けを求めるだろうと大方予想してたんだろう。旅館の枕カバーなのに、わざわざ赤と青と色分けしてる自体怪しいし、必然的に杏実がどっちに寝るかは予想できるしな」

「なるほど…」


確かにそう思うと納得がいく

杏実がうなずいていると、颯人は少し思い当たることがあるのが怪訝そうにつぶやく


「ただ…」

「ただ……なんですか?」

「ちょっと……萌の件はひっかかる点があるけどな」

「引っかかる点ですか?」


杏実にはさっぱりわからない

というか、すべてが杏実の思いもよらぬ展開で、もはやついていけないと言ったほうがいいだろう


「まあ……それはいい」

颯人はそういうと口をつぐんでしまい、しばし二人の間に沈黙が流れた

その沈黙の中、先ほど颯人から言われたことを、頭の中で整理してみる


この旅行でフミと圭が、颯人と杏実を恋人同士にさせようと策略を練っていた

そして萌さんという颯人のいとこが協力していた


先日杏実が落ち込んでいた時に、「計画が…」なんだの言っていたのは、このことだったのかもしれない


まったく二人の気持ちを無視して、とんでもない祖母たちである


でも――――


杏実にとってはそう迷惑なことではなくて……

こんなに颯人の近くにいられることは、反対に感謝しなくてはいけないのかもしれない

しかし颯人は違う

颯人の気持ちを考えると、手放しには喜んではいけない

颯人は間違いなく迷惑している

つまりはそういうこと


現実問題を再認識したところで、杏実は小さな溜息をつく

気が付くと颯人がこちらを見ていた


「なんですか?」

びっくりして思わず聞いてしまう

颯人はその質問には答えなかった

しばらく杏実を見つめたあと、颯人はすっと視線を逸らした


「そろそろ寝るか」

そういうと手元の電気をさっさと消して颯人は布団に入ってしまう


いったいなんだったの?


素早い切り替えに置いていかれた杏実も、急いで布団に入ろうとした。しかし……はたっと動きを止める


もう…何もないよね?


先ほどの恐怖がよみがえってきたのだ

耳の横で動き回る虫(正しくはおもちゃだったが杏実にとっては同じことだ)

もしまた同じことが起こったら…


嫌だ……やだ…やだ……耐えらんない!!


「あ……あ…朝倉さん」

「ああ?」

颯人は杏実に背を向けながら、面倒そうに返事を返してくる


「申し訳ないんですが……そっちに行ってもいいですか?」

「はぁ??」

颯人があきれた声を上げて起き上がる

でもここでひるむわけにいかない



「お願いします!! 一緒に寝てください!!!」



颯人が声を失ったように口を開けている

杏実は颯人の腕のすそをつかんだ


「もしまた同じようなことが起こったらと思うと、怖くて寝れないんです! お願いします……お願いします」

颯人は一瞬沈黙した後、怒ったような口調で口を開く


「おまえなぁ…」

颯人はそういうと、杏実がつかんだ腕の裾をそっとひき離そうとした

杏実が首を振って離すまいと抵抗しようとすると、その腕をつかまれた


無理を言って嫌われたくないけど……けど…怖い


杏実がそのまま顔を上げられずにいると、頭上から呆れたような声が聞こえる


「状況わかって言ってんのかよ……ほんと危なっかしい奴だな。もう何もおこらねーよ」

「でも………わからないじゃないですか」

「おこらねーって」

その投げやりな言葉。そこには颯人のイライラが含まれていて、さらに不安になってくる

自分がとんでもなくわがままを言っているのはわかっていた

情けなくて、でも怖くて目尻に涙が浮かんできた


「もし起こっても、所詮は本物じゃねーんだから心配いらねーよ。寝ろ」

そういうと、颯人はつかんでいた杏実の腕を離してさっさと布団に入ってしまう


本物とか偽物とかそうゆう問題じゃないのに!


そう思うがもう何を言っても無駄だろう

杏実は背中を向けている颯人をキッとにらんでから、再び杏実の布団のほうへ対峙した


同じ布団なのに……杏実が怖いと思うせいか、心なし不気味な雰囲気を感じる

勇気を振り絞って寝ようと伸ばした手が硬直する


無理……無理…


杏実は素早く布団から離れると、布団のほうを見ないようにしながら、防寒対策用に持ってきたひざ掛けを、荷物から引っ張り出して洗面室へ飛び込んだ

あの部屋のどこに仕掛けがあるかわからないし、これ以上颯人に頼るわけにはいかない

洗面室は畳一枚有るか無いかの広さ。杏実が寝るには狭いので、ひざ掛けを巻いて隅にしゃがみ込む

床はビニール製のクロスで、座るとお尻が冷たい

杏実は一瞬ぶるっと体を震わせた

温泉に来てまさかこんなところで寝る羽目になろうとは、予想外だ


洗面室は寒いし、床は固い


奇跡的な颯人との時間(といってもあとは寝るだけだが)を、こんなところで過ごさなくてはいけないのは辛いが、よく考えると運転で疲れている颯人に迷惑はかけられないと思う


これ以上嫌われたくないしね…


ひざ掛けを足に巻きつけて、腕で体を抱えるように小さく丸くなり目を閉じた

杏実は次第に睡魔が襲ってくるのを感じた

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