28.二人きりの夜~3
離れなきゃ…
杏実はそう思うがどうしたらいいのかわからず、颯人の背中の上で手を虚空に漂わせた
離れてもらうように言わなくては……と思うが、そもそも杏実を助けようとして、巻き込まれただけであって……
もう!さっきから心臓……うるさい
しかしこの早い鼓動ははたして自分のものなのかわからない
パニックになりそうな頭で考えを駆け巡らせながら、ただ目を泳がせた
しばらくすると颯人が我に返ったのか、杏実の顔の横に手をついて上体を起こした
しかし片手が杏実の身体の下敷きになっており、なかなか起き上がれないようだった
杏実は背中の手に気が付き、背中を逸らして手を抜きやすくする
颯人はその動作で素早く腕を抜き取った
そして……その手をそっと杏実の肩に置いた
え?
そのまま起き上がると思っていた
至近距離でいたことも忘れて、思わず颯人を見る
颯人は両手をつっぱったまま、杏実を見つめていた
その黒い瞳の中に、杏実の戸惑う瞳がうつっていた
先ほどよりも……黒く翳っているように見える
なぜかわからないが、その瞳を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた
視線を逸らせぬまま、顔が先ほどよりも真っ赤に染まる
颯人はそれを見ても表情を変えない。颯人が何を考えているのかさっぱりわからなかった
やがて肩に置いた手をそっと離し、杏実の頬にすっと沿わせてきた
その手のひらは熱く、その動作は流れるようで妖艶な雰囲気を感じた
颯人から漂う雰囲気に思考回路は混乱し、くらくらと目の前が揺れ動く
まるで酔っぱらっているようだ
心臓も壊れるかと思うぐらい早く打っていた
「杏実…」
颯人のいつもより低くハスキーな声が、耳元から身体の隅々まで届くように響いた
こんな体験は初めてだった
二人を取り巻く雰囲気は濃厚で……なんと表現するのか、杏実には説明ができそうにない
ただ颯人から目を逸らせなかった
「あ…」
”朝倉さん”
そう呼ぼうとしたのに、声が擦れて出なかった
颯人は杏実が何を言おうとしたかわかっているかのように、少し口角を上げて表情を和らげた
「うん?」
そう返事をする間も、颯人は優しく杏実の頬を撫でている
「あ……あの」
私……何が言いたいの?
わからない
何もかもぐちゃぐちゃで正常な考えなんて浮かんでこない
何を言っていいかわからず、ただ口をパクパクと動かしてしまう
颯人の視線がふと―――――そんな杏実の口元に向いた
その瞬間心臓がドクンッと大きく震えた
―――――キスされるかもしれない
そんな予感がした
こんな薄暗い部屋で二人きり
そもそも何が起こってもおかしくはない
杏実の緊張感は最高潮に達し、颯人が再び杏実と視線を合わそうとしたとき、怖くなって目をギュッとつぶってしまった
どうなちゃうの?
私……私…
どうしたいっていうの?
短い沈黙があった
やがて颯人が上体を起こす気配がした
そして―――――その時
ピー――!!!
頭のすぐ横で聞きなれない音が響いた
杏実はびっくりして目を開けた
颯人も起こしかけた体制のまま、音の正体の方向に目を向けていた
それはあの”ゴキブリ”から鳴り響いていた
「な……何?」
颯人はすぐに起き上がって、杏実が起き上がるのを助けてくれる
颯人はその間も、例のゴキブリから目を離さなかった
突然の音の驚きからか、先ほどの出来事からか杏実の心臓は依然早鐘を打っている
そんな杏実を気遣うように添えられた、背中の手のぬくもりも意識せずにはいられなかった
だめだめ……ここは集中!
改めて例のゴキブリを見る
音は「ピー」と何度か鳴った後、ピタッと鳴りやんだ
「あれ? 止んだ」
杏実は一体どうなっているのか気になり手を伸ばした
しかしその手を颯人に止められる
「待て」
その表情は険しい
「あの…」
「ちょっと待て。たぶんもう一回来る」
何が?
来る?
さっぱりわけがわからない
しかし颯人にはわかっているのか、じーっとそれを見つめている
それ以上説明するつもりがないことがわかり、杏実も例のおもちゃを見つめた
するとそのゴキブリの背中に赤く「5」と浮かび上がった
「あ!」
杏実が驚いていると、次第に「4」……「3」…と変化する
え?
カウントダウンしてる!?
「あ……朝倉さ…」
「下がってろ」
そういい颯人は、杏実を後ろに押しやった
何が起こるの?!
怖くなって思わず颯人にしがみつきながら、そっと例のものをそっと覗く
「2」……
「1」…………
ぱぁん!!
例のゴキブリが華やかな音とともに破裂した




