25.カードキー ~颯人side~
ピッピッ
「ん?」
6006号室前
颯人はカードキーを再度差し込み口に差し込んだ
“ピッピッ”と音が鳴り、再びエラーが出る
颯人はカードキーを見つめ、怪訝そうに眉をひそめた
なんか……忘れている気がすんだよな
それは部屋を出る時から、妙な違和感として颯人の中にくすぶっていた
「開かないんですか?」
後ろから杏実が颯人の腕越しにカードキーを覗き込み、不思議そうに颯人を見つめてきた
その茶色の瞳は先ほど泣いていたためか、まだかすかにうるんでいる
杏実のゆるくパーマのかかった髪が颯人の腕にかかった。シャンプーのにおいだろうか、ほのかに甘い香りが香ってくる
ふと……先ほどまで手を繋いでいた時に感じていた、やわらかくしっとりとした杏実の手の感触がよみがえってきて、颯人の思考を邪魔する
そもそも圭の孫娘と紹介されてた時から、杏実とは親しくするつもりはさらさらなかった
”圭の孫娘”
何年も前から散々フミに、「お前の嫁に」と話を聞かされた……|それ〈・・〉だ
完全に無視してやるつもりだった
フミ婆の考えることは、大概ろくでもない
幼いころからフミと女のいとこ達に振り回され、こき使われるという特殊な環境で育った颯人は、女性に対する考え方がすっかりねじ曲がってしまっている
そもそも、フミの思惑通りにするのは癪に障るのだ
しかもその孫娘は―――――あの合コンでの因縁の女だった
あのくだらない合コン。平田に嵌められ押し付けられた
あの日俺は、自分の考えの浅はかさに嫌気が差していた
勝手に失望して……イライラして、最悪の気分だったのだ
だからなおさら、杏実がその女と知った時、無視するつもりだった
しかしその印象と違い………再び会った杏実は
――――――彼女を思い出させる
笑顔は優しく、圭やフミのために一生懸命いろいろと世話を焼く。俺のこともあれだけ拒絶してやったのに、怖がることなく無防備な視線を送ってくる
極めつけにあのフミの暴露話だ
初めてだっただと!?
最悪の気分とはこのことだろう、こちらがばつの悪いことになった
ここはしかたないと謝れば、”俺は嫌じゃなかった”と一見誘っているような言動をする…
しかも自覚なし。あほかと思った
ちょっとからかっってみたら、結局子供みたいに泣きじゃくられた
まったくこいつのせいで、調子が狂いっぱなしだ
しかし杏実は、段々懐いてくる子犬のようで可愛く……もない
昔飼っていた犬を思い出す
そうか―――――その無防備さ……無垢なまなざしが似てるんだ
なるほど……納得がいった
「朝倉さん?」
ふと杏実の問いかけるような呼びかけで、颯人は我に返る
しかしそもそもこいつはなんで俺のことを「朝倉」と呼ぶんだ?
確かに自己紹介の時、一度名乗ったかもしれない。しかしフミ婆や圭さんは名前で呼んでんのに、わざわざ苗字で呼ばれると堅苦しいだろ
……かといって、こいつから”颯人”と呼ばれていいのか?
親しくするつもりもないのに?
…………おい。なんだこの思考は……あほらし
そう思うとますます眉間にしわがより、無意識に不機嫌なオーラーがただよう
杏実が不安そうにこちらを見ているのを見て、先ほどの考えに戻して、じっと”カードキー”を見つめた
「壊れてるんでしょうかね?……そうだ!別におばあちゃん達いるんだしチャイム鳴らせば…」
そんなことを呟きながら杏実はチャイムを鳴らしているが応答はない
このカードキー…
その時―――――はっと繋がるものがあった
最悪だ……やられた…
颯人は再度チャイムを鳴らしながら、首をかしげている杏実の腕を取り廊下を歩き出す
6009号室前
「え?」
カードキーを差し込むと、“ピー”と音がして鍵が開錠する音が聞こえた
「あ……部屋間違えてたんですね。」
ホッとした声を出した杏実を無視してドアを開ける
「んなわけねーだろ…」
「え?」
颯人の言葉に不思議そうな顔をしている杏実の腕を再び掴み、部屋の中に無理やり連れて行く
もちろん連中はいない
先ほどの部屋と違って部屋は1つしかなく、隅に俺と杏実のカバン。そして存在感を主張するような布団が真ん中に敷いてある
「え?」
まだ状況がつかめていない杏実が、戸惑ったように視線を向けてきた
おめでたいやつ
でもそんな顔もかわいいと思えてきている
ちょっとやばいかもしれない
「嵌められたんだよ。ばばあ達に」
圭が「忘れ物~」と出てきて、鍵を渡された時の違和感を思い出す
「え?」
杏実。さっきからそれしか言ってねーだろ
状況がつかめてきたのか、部屋の荷物と颯人を交互に見て目を潤ませている
「おばぁちゃーん!!」
杏実は天井を仰いで叫んでいた
……どこが段階を踏めなんだよ
なすすべなく、俺は本日……何度目かの長いため息をはいた