22.フミのどや顔
麗しき友情の傍ら、反論をあきらめた颯人は、仕方なく仲居さんが入れていったお茶を飲んでいた
「お前も飲めば? 飲んだら風呂行くか」
颯人は杏実を座らせて、湯呑を渡してきた
無視して部屋を出ていかないのは、祖母たちに対する優しさだろう
颯人からすれば杏実のことで、大分理不尽なことをいわれていたように思うが、気にしている様子はない
やはり慣れているのかもしれない
「……すみません」
湯呑を受け取りながら、いたたまれなくなってそんな言葉が出てくる
「あほ。おまえが謝ることじゃねーよ」
颯人はすまなさそうに肩をすくめる杏実を見て苦笑した
ひとしきり抱き合うと、フミはまた先ほどの勢いを取り戻し颯人のほうをみて立ち上がる
「いや…ダメじゃ圭ちゃん。あたしゃ義理の祖母として杏実ちゃんも大切じゃ」
義理の祖母?
もはや”未来”さえ付いていない
「フミちゃん…」
圭はフミを励ますように呼びかけた
「おい!颯人!」
「あん?」
窓からの景色をみながら杏実とお茶を飲んでいた颯人は、フミに再び呼びかけられ面倒くさそうに返事をする
「これだけは伝えておくぞ。杏実ちゃんはな…―――ファーストキスも未経験の正真正銘の乙女なんじゃ!!!」
ブッー!
颯人が思わずお茶を噴出した
杏実はとっさにお茶を飲み込んでしまう
「ゴッホ……ゴッホ…ち……ゴッホ…」
しまった……き…気管に…
フミの言葉に驚いて……思わず飲んだお茶でむせてしまった
杏実のファーストキスは、先日颯人に奪われた
それゆえこの話題は、颯人の前では禁句だ
今すぐにでもフミの言葉を否定したいが、今はひどくせき込むことしかできない
颯人は口からこぼれたお茶をぬぐうと、ゆっくりと杏実のほうを見た
その瞳は困惑しているように見えた
「は?……嘘だろ?」
嘘じゃない…
その言葉にどう答えたらいいかわからず、杏実はとっさに視線を逸らしてしまった
そんな様子の二人を気にする様子もなく、フミは話し続ける
「嘘なわけあるかい! ちゃんとこの前、杏実ちゃんがあたしゃと圭ちゃんの前で、言ってたんじゃからな!? ……ね~圭ちゃん?」
そんなこと、フミの前で言った覚えはない
圭にも言っていない……正しくは誘導され、馬鹿にされただけだ
そしてすべてフミにも筒抜けというだけ
圭はのんきに「そうよぉ~バカみたいに奥手なのよぉ」と答えている
やめてぇ~!!
反論したいのに、どうしてこうもタイミングが悪いんだろう。挙句に落ち着こうと飲んだお茶までむせてしまう
そうこうしている間にも話は進んでいく
「まあ……こういうことをあたしゃから言うのもなんだけど……この前杏実ちゃんは”合コン”……とかいうのにむりやりに連れてかれてね」
ちょ……何をいうつもり!?
フミの言葉に、杏実の顔が青ざめる
「杏実ちゃんはその後ひどく落ち込んでたんだよ………そりゃもうひどくね~」
これ以上やめてー!!!
必死にやめてほしくて、腕を大きく振る。懸命にフミを見つめるが、フミは気が付いてくれない
チラッと颯人に目を向けると、颯人はその視線に気が付いて杏実のほうを向いた
お願い……何も信じないで
杏実は颯人に向かって懸命に首を振る
颯人はその様子を驚いた顔で見ていた
「杏実ちゃんは何もなかったって言ってたけど……あたしゃわかってる。”オオカミ”がいたのさ…。そのオオカミが純情な乙女の杏実ちゃんに、ひどいことしようとしたに違いないんだよ。まあ…聡い杏実ちゃんのことだ、ちゃんとかわせたと思うけどね」
「さあ~それはわかんないわね。杏実はどんくさいから」
すかさず批判する圭。それを手で制して、フミは話を続けた
「まあそういったわけで、杏実ちゃんは今、男性に対して強い不信感を持っているのさ」
そう言って、自分の言葉に感心したかのように「うんうん」とうなずく
咳は収まってきたが、もう杏実には反論する気力など残っていなかった
今更反論してどうなるのか
……ほとんど暴露されてしまったのだ
「でも男女の交際ってのはそんなもんじゃないんだよ。……男性を愛するってことはすばらしいことだし……また逆もしかりだろ。あたしゃ、杏実ちゃんにそのことをわかってもらいたい!」
そう言い切ると、フミは呆然としている二人に再び強い視線を向け、人差し指を立てた
「颯人、それを踏まえるのじゃ!! 杏実ちゃんとの交際は、常に段階を踏んで順番通りに進んでいきな。……そして杏実ちゃんに恋愛のすばらしさを教えてあげるのじゃ!!」
そういってすべて言い切ったという風にどや顔で、大きくうなずく
「さすがフミちゃん!」
隣では圭がフミに拍手喝さいを送っている
それを呆然と見る本人たち…
「それと颯人…」
更にフミが何か言おうとし始めた
杏実はその言葉に、ハッと我に返る
もうこれ以上は耐えられない!!!
お茶のせいでのどが枯れて声の出ない杏実は、素早く退散を決意し、入浴の用意を抱えると立ち上がる。その動作に驚いて顔を上げた颯人の腕をつかみ、擦れた声で訴える
「お……お風呂行きましょう!!!」
「おお…」
杏実の顔は、先ほどのフミのとんでもない暴露話で恥ずかしいぐらい真っ赤だっただろうが、もうこの際気にしていられない
これ以上ここにいたら、もっとひどい状態になりかねないのだ
結局のところ、この二人に勝てたことなどないのだから
荷物を持とうとしている颯人の腕をぐいぐい引っ張りながら、杏実はこの部屋を一刻も早く出ようとする
「ちょ……まてよ」
急かされた颯人がそういうが、かまっていられない
ようやく部屋から出て、入口で靴を履こうとしていると、部屋のふすまから圭がのんびりと顔を出した
「忘れ物~」と颯人の手の中に部屋のカギを渡す
杏実は颯人が受け取るのを確認する前に、早々に部屋を飛び出した