21.若者と年配者のズレ?
「……ちぇ。楽しみにしてたのに…」
入浴の用意をするためにカバンから下着を出しながら、ついぶつぶつと不満が口に出る
大浴場も楽しみだが、部屋のヒノキの露天風呂も捨てがたかったのだ
その様子をみて、フミが笑いながら杏実の肩をたたく
「杏実ちゃん。ごめんよ? 折角みんなで温泉に来たんだから、一緒に入れたらよかったんだけどね…」
先ほどの有無を言わさぬ言い方ではなかった
その言葉には、フミの杏実に対する思いやりの気持ちがこもっているように思えた
そしてその表情をみて、ハッと思い返す
そうだよね…
フミも大好きな圭と、温泉に入りたくて”旅行したい”と言ったのだ
二人きりになってゆっくり入りたい、という気持ちは当然だと思える
そう思うと、フミたちの気持ちを優先してあげるべきだったと反省した
わがままを言っていた自分が恥ずかしくなる
「ううん。私こそ……わがまま言ってごめんなさい。せっかくのおばあちゃんとの旅行だもんね。私のことは気にせず、おばあちゃんとゆっくり入ってね」
「杏実ちゃん…」
杏実がそういって笑うと、フミはうれしそうに破顔し抱きついていた
「杏実ちゃん。ほんと優しい子だよ」
フミの体温と、圭を思う気持ちが優しく杏実に伝わってくる
「優しいのはフミさんだよ。おばあちゃんを連れてきてくれてありがとう…」
「そんなの……当然だよ。」
そういって杏実の背中をポンポンと叩いた
「はぁ………杏実ちゃんもさみしくないように、颯人と混浴できたらよかったのにね~」
ピシっ
フミの言葉に、抱きつかれていた杏実とその様子を見ていた颯人が一瞬固まる
その様子に気付くことなく、フミは杏実から体を離すと、にこやかに話し始めた
「残念じゃけど……ここには混浴はないからな」
こ……混浴?!
「なにいっとんじゃ……ばばあ!」
ひきつった表情を浮かべて、いつもよりさらに低音の颯人の声が聞こえる
その声に聞こえなかったように、さらに圭がフミに加勢し始めた
「貸切風呂があったんじゃなくって?」
「……ああ。あれは予約制だからね」
「そうなの? ふふ~残念」
「あらかじめ予約しておけばよかったね~思いつかなかったよ。まあ時間も短いみたいだったし……ほら今回は…」
「ああ……ふふ」
そういって二人は、示し合わせたように笑いあう
その笑い方は何か企みがあるようで、寒気を感じた
そしてさらに、圭が思いついたようにフミに話しかける
「まあ、杏実には混浴なんて無理よ。まだまだ”お子ちゃま”だもの」
「ああ………そうだったね。颯人がいきなりガバッ……てなろうもんなら、杏実ちゃんにはハードルが高すぎるね~」
「そうよぉ~」
『あははははは……!!!』
二人のあざ笑うかのような笑い声は、杏実の無垢な心を切り刻んでいく
杏実は恥ずかしさに顔が真っ赤になった。目には涙が浮かんでいる
ひ……ひどい………
しかしこれぐらいはいつものこと
いつだって泣き寝入り
……だが今日は違った
そう……―――颯人がいたのだ
「おい……ばばあども。勝手言ってんじゃねえぞ!」
その声は、先ほどのフミのドスの利いた声に劣らないぐらい低く迫力をもっている
「あら。颯人なんだい?」
しかしフミは動じていない。その声に何でもないようにケロッと返事をする
「俺はあんたたちにどんなにけしかけられようと、こんなやつと風呂なんか入らねーし、裸になったって手を出すか!!」
ズキッ
当たり前のことだが、颯人に言われるといやおうなしに傷ついてしまう
でも本人を目の前にしてきっぱりと言う姿勢は、颯人らしいと思う
「颯人」
その言葉を受け止めてか、フミが真剣な表情で颯人に向き直る
「あんた、杏実ちゃんをなんだと思ってんだい!?」
え?
まさかここにきて(ここまで馬鹿にしておいて)かばってもらえると思わなかった杏実は、驚いてフミを見る
颯人もその言葉に怪訝そうに眉をひそめた
「今……なんて言ったんだい?!」
「はぁ?」
「あんた……裸って…裸って……何考えてんだい!!」
フミさん…??
てっきりかばってくれるのかと思っていた杏実だが―――論点が……ずれている気がする
颯人もさらに怪訝そうにしている
「はあ? フミ婆が言いだしたんだろーが! 混浴とかわけわかんねーこと…」
「それで裸って……あんたこの場合は”水着”に決まってんだろ!」
えーーー!! そうだったの!?
その意外な答えに驚く
ここは山奥の秘湯の露天……などではなく、ただの温泉旅館なわけで…
この場合はどう考えても、(杏実のお子ちゃまな思考でも)颯人と同じように考えてしまうのが普通だと思う
案の定、颯人もあきれている様子である
更にフミは、颯人に言い聞かせるように語気を強めてまくしたて始めた
「あ……あんた…仮にも未来のお嫁さんとはいえ、まだ結婚もしてないんじゃよ!? しかも………知り合って間もないのに―――裸を見たいなんて……なんて子じゃ!」
「は?! そんなこと言ってねーだろ!!」
なんか…
フミが颯人に鋭い視線を送っているのを見ながら、杏実はやっぱりなんかおかしい???……と思う
そこは”水着”か”裸”か、という問題なのだろうか
自分のことながら(正確には勝手に二人が言っているだけだが)他人事のように考える
これはいわゆる―――若者と年配者の考え方のズレ?
答えはよくわからなかった
「……圭ちゃん。愛する孫とはいえ……あたしゃ育て方が悪くて…くっ…」
そう言ってフミは目がしらに手を置いて、涙をこらえている
そんな様子を見て、圭はフミの肩に優しく手を添えた
「いいのよ。男はみんなオオカミって言うじゃないの。それに……颯人くんなら私はすぐにそうなっても、大賛成なんだから…」
「圭ちゃん……あんた…」
優しくそういって背中を撫でる圭を、ゆっくりとフミは見上げる
その目尻には涙が浮かんでおり、瞳からは圭を尊敬する眼差しが見受けられた
それはまさに麗しい友情の場面…
ではなく、この二人に『何をいっとんじゃ!』と、すかさず突っ込まなくてはいけない場面だ
現に颯人はあきれて「あほか」と言っている…(二人は完全無視)
しかし杏実は、二人があまりに親密そうに見つめあうので、邪魔をしてはいけないかな……と思ってしまった
………そうそれがいけなかった
そして深く後悔することとなる