20.老舗旅館へ到着
旅館は100年もの歴史を持つ老舗
大きな建物だが、その一つ一つがゆったり作られており、部屋数はそれほど多くないらしい。内装はモダンで、ロビーからおしゃれな庭園も眺められる。過ごしやすそうな雰囲気だった
杏実たちの部屋は最上階にあるらしく、老舗らしいゆっくりペースの仲居さんについていく
廊下もすべて絨毯張りで……フカフカで気持ちがよかった
ピッピー
「これで鍵が開きますので。」
仲居さんのカードキーの説明と共に部屋に入る
杏実たちの部屋は、和洋室。奥にベットが備え付けられており、それ以外の和室二部屋と露天風呂までついて、「さすがフミさん!」と思う豪華なお部屋だ
露天風呂付きの部屋は、足の悪い圭のためにフミが選んだと言っていたので、その配慮に感謝である
夕食は、今まで食べたこともないような豪華な懐石料理だった。それをみんなでおいしくいただいた後、杏実が仲居さんの片づけを手伝っていると、フミさんが思いついたように、杏実と向かいでまだお酒を飲んでいた颯人を見て口を開く
「あんた達、大浴場に入っておいで」
「え?」
「は?」
その声に二人同時に反応してしまい、一瞬びっくりして颯人と目が合う
車で気まずい会話をしたのち、颯人は杏実を一貫して無視していた(フミたちがいるためか、杏実の発言に気分を害したのかわからない)
よってそれ以来初めて視線が合ったのだ
杏実は一瞬表情が固まる。瞳が戸惑いで揺れた
颯人は目が合うとすぐに視線を逸らしてしまった
ズキッ
そのしぐさに胸が痛む
車で颯人に強く感情をぶつけてしまったことを、いまさらながら後悔した
誤解があるとはいえ”御曹司”の件は……颯人には関係のないことだったのに…
「なんでこいつと入りに行かなきゃなんねーんだ。風呂ならそこにあんだろ」
落ち込む杏実とは対照的に、冷静な声で颯人はフミに言い返す
「颯人。この露天は圭ちゃんと、私の風呂だよ。あんたたちは入れないんだよ」
「はぁ?」
颯人はあきれたように声を出し、怪訝そうに眉を寄せる
え?
杏実はひそかに部屋の露天風呂を楽しみにしていた
落ち込んでいたのも忘れ、口をはさむ
「なんで……フミさん、私楽しみにしてたのに!」
「杏実ちゃん……ごめんよ」
「私、女同士だし一緒に…」
「それじゃ颯人が一人でかわいそうだろ~?」
「あ…」
そうか…
いまさらながらその事実に気が付いて抗議の勢いを弱める
朝倉さんだけが……って駄目だよね…
がっくり肩を落とす
そんなフミたちに丸め込まれそうな杏実の様子を見て(かばってくれたのか)めんどくさそうに颯人が口をはさむ
「俺は別に一人で…」
「黙んな。颯人」
すかさずフミのどすの利いた声と鋭い視線が飛んだ。反論は無駄だと判断したのか、チッと颯人が舌打ちをするのが聞こえた
あの『黒の王子』と恐れられている颯人を、一瞬で黙らせる人物がいたとは…
その初めて見る光景にびっくりしていると、再び表情と声色を和らげたフミが杏実に向き直る
「というわけで、杏実ちゃんは大浴場で入っておくれ」
そ……そんな~
「お……おばあちゃん」
きっぱりと杏実の願いを打ち消すフミに、思わず圭に助けの視線を送る
圭はにこやかに杏実に笑いかける
う…
この笑い方……さらに嫌な予感がする
「杏実。あんたはあくまでも付き添いでしょ? つべこべ言わずいってらしゃいな」
ざっくりと切られる
杏実は渋々ながら、用意を始めることとなった