15.ぼんやり覚醒
「ひぁっ!」
杏実は頬に当たる冷たい感触に、驚いて目を覚ました。突然、目の前にドアップの朝倉の顔が飛び込んできて、さらにびっくりして立ち上がる。
途端に足元がふらついた杏実を、とっさに朝倉が腕をつかんで支えてくれる。
そのまま朝倉は先ほど座っていたベンチに杏実を引き寄せた。
「おい。そんな急に立ち上がるな」
朝倉は不機嫌そうに顔をしかめてこちらを見ていた。手には先ほどの”冷たい犯人”と思われる、缶コーヒーが握られていた。
目は覚めていた……が、この状況に頭が全くついていかない。
「え……と?」
「私どうして…」
(何をしてたんだっけ?)
「まだ酔いは覚めて無いようだな。ったく……あんな量で酔っぱらうって、どんな身体してんだ……」
(酔う?)
確かに足元がふわふわしているし、身体も熱くほてっている気がする。てっきり周囲が温かいのだと思っていた。
「私……お酒飲んだんですか? ダメですよ……お酒は。以前、お菓子でも酔っぱらって…」
「なんだそのふざけた体質」
「ふざけ……? ふふふ……そうですね」
杏実はその皮肉な表現に、思わず笑ってしまう。やはり酔いが醒めないという事なのか、まだぼんやりしていた。
(思い出さなきゃ……考えなきゃ…)
そう思ってもふわふわとした心地よさが気持ちよく、いつもより楽しい気持ちに傾いて"まあいいか"と思わせてしまうのだ。
ぼんやりとベンチに座って周りを見渡すと、人通りも多くここは駅前のようだ。
しかし……あまり見覚えがないので、杏実の最寄駅ではないらしい。
(ここ……どこだろう……)
そして、一番奇妙なことに気が付いた。
(あれ?)
なぜ朝倉と一緒にいるんだろう――――――?
ずっと会いたかった……でもなぜ?
「朝倉さん?」
「は?」
返事が返ってくる。夢じゃない!?
「どうして私朝倉さんといるんですか? 私……何してたんだっけ? ここどこですか……?」
その声に朝倉はますます眉間に皺が寄り、不機嫌そうな様子となった。
いつもなら怖いと思った表情なのかもしれないが、今は特に何も感じない。お酒の効果はすごい。
しかし申し訳ない気持ちになって……少し自分でもこの状況についてぼんやり考えてみた。
(???)
だめだ、さっぱり思い出せなかった。
その様子を察してか、隣で朝倉の長いため息が響いた。
そして杏実の腕を掴むと、再び立ち上がらせる。朝倉が腕で杏実をしっかり支えてくれていたので、今度はふらつくことなく立ち上がることができた。
「家、どこだ?」
「え? 私ですか?」
「お前以外誰がいる。送ってやるからさっさと案内しろ」
「え?」
(朝倉さんが送ってくれる……?!)
「……おい。まさか家もわからないんじゃないだろうな?!」
状況についていけないで戸惑う杏実に、凄味のある声と鋭い視線でにらまれる。
「いえいえっ……わかります!」
とっさに返事をする。今度は怖かった。
一瞬酔いが醒めたように感じる。頭の中の霧がゆっくり晴れていくように感じたのだ。
きっと思い出すのも時間の問題だろう。
それまではとりあえず彼についていってみよう。
杏実がとりあえず感謝の意味を込めて笑顔を作ると、朝倉は再び顔を不機嫌そうにしかめてから「だったらさっさと案内しろ」と杏実の腕を引いて歩き出したのだった。




