14.王子様。姫救出す…?
その感触は杏実が今まで経験したことのないものだった。
唇からぬくもりが直接脳に伝わるような……不思議な感覚―――――目をきつく閉じていた杏実は、驚いて目を開けた。
距離が近過ぎて、何も確認できなかった。しかし……経験がなくとも、これはキスなのだとわかる。理解した瞬間、怖くなって思わず身を引こうとするが、強く背中から引き寄せられてしまった。杏実の体はスッポリとその腕の中に閉じ込められる。
動揺していた。しかし……なぜかさっきのような嫌悪感は感じなかった。
ふと鼻孔に強いお酒の匂いがした。
同時にかつてどこかで嗅いだことのある、深い木の……森の香りがした。
―――――この香りには覚えがある。
(あさ……くらさん?)
強く唇を押し付けられていて顔は確認できないのに………そんな確信があった。
しかしその疑問はさらに思考を混乱させる。
(ほんとに? 嘘? なんで?)
答えなど考えても出るはずもないが、その言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡った。御曹司のことなど頭から飛んでいた。
その時―――その背中に置かれた手が、下にゆっくりと撫でられた。味わったことのない感触にビクッと体が跳ねる。
反射的に杏実の唇が開いた。そしてそれを待っていたかのように唇は形を変え……杏実の口の中に突如生ぬるく苦い液体が流れ込んできた。
「ん…」
びっくりして思わず飲み込んでしまう。
その液体がのどを通過した瞬間、内側の粘膜がひりつくように熱くなった………同時に胸が焼けるように急激に温かくなる。
唇の隙間から漏れる息から、濃厚なアルコールのにおいがした。
(まさか……お酒?!)
こんなに苦い味のものを飲んだことはかつてない。今でもひりひりとするのどが、かなり強いお酒だと告げていた。
杏実がその液体を呑み込んだことがわかったのか、強く押し付けられていた唇がゆっくり離された。
―――目の前に朝倉がいた
(……どうして?)
変わらず頭の中はそんな疑問でいっぱいだった。
そしてキスされたことによるものなのか、お酒によるものなのか、心臓がすごい速さで早鐘を打っていた。
なにか言わなければと思うのに、何を言ったらよいか全くわからなくなっていた。
お酒に極端に弱い杏実は、すでに体がほてり思考も定まらなくなってきている。ぼんやりと朝倉を見上げることしかできなかった。
朝倉はそんな杏実の顔をじっと見ていたが、その表情からは何の感情も読み取れない。
そして再び―――ゆっくりキスしてきた
そのキスは先ほどのものと違いやわらかく、薄く開いた唇から杏実の中に残るお酒を舐めとるように朝倉の唇がやわらかくうごめく。
「ん…」
かなりお酒が回っていた。膝がガクガクして、足に力が入らない。思考もふわふわと頭の上を漂っているようだった。
杏実よりも体温の高い手のひらに優しく包まれて、少しざらつく舌で唇を舐められると甘い吐息が杏実の口から洩れた。
「あ…」
いつの間にか周りの声も聞こえなくなっていた。
キスに翻弄され身体に力が入らなくなってくると、わかっていたかのように朝倉の腕が力強く杏実の腰を支える。
(……私…どうなってるの?)
ゆっくりと唇が離れた。
杏実は朝倉に支えられないと立てなくなっていた。キスの余韻かお酒のせいか身体が燃えるように熱い。
朝倉はそんな杏実の様子を確認するようにじっと見つめていた。
そして杏実の腰を支えたままで、みんなのほうを振り返った。
杏実もぼんやりと朝倉の視線を追った。
あまりに濃厚なキスに―――皆……言葉を無くしていた。
「これで満足ですね?」
朝倉の言葉に答える人はいない。
その周囲の様子を物ともせず、さらに朝倉は淡々と言葉をつないだ。
「しかし彼女、お酒に酔って気分が悪いようですので、私は彼女を送ってきます。それでは山村様―――お先に失礼します」
そう言い朝倉は御曹司のほうを見る。有無を言わせぬ強い視線だった。
「あ……ああ」
御曹司はその視線に面食らって、呆然としながら返事を返していた。
朝倉は会社の同僚に軽く挨拶してから、杏実を抱えるようにして部屋を出ていった。
あっという間の出来事だった。
そして杏実はその強い力に支えられながら――――――まもなく意識を手放したのだった。




