12.理屈のない思い
朝倉は走ってきたのか、少し息が上がり髪が乱れていた。
二年ぶりに見る彼は、以前と変わらないように思える。
すらりと伸びた長い脚にバランスの取れた高い身長、広い肩幅。整ったモデルのような容姿を引き立てる漆黒の髪に、朝倉の持つ独特のピリッとした雰囲気は、周囲に圧倒的なオーラを与えていた。
そしてかつて惹きつけてやまなかったその瞳は、暗い街灯の中で一層黒く深みを増している。
朝倉は微かに息は上がっているものの、所作は落ち着いており、以前より―――大人の男性の雰囲気を感じられた。
この二年、会えない日々にふと寂しさを覚えるたび、いったい彼のどこに惹かれていたのか何度も考えていた。思い当たる言葉はたくさん出てきたが、それは取るに足らないものに思えて……いつも答えは出なかった。そのうちに、本当に彼のことが好きだったのか? とわからなくなってきていた。
しかし今――――やはり理由などなかったのかもしれない思った。
彼だから惹かれたのだ。
朝倉に再会した瞬間……声を聞いた瞬間から制御不能に高鳴る鼓動がそう告げていた。
「時間は?」
「まだ全然OKっす。しかし災難でしたね~……大丈夫ですか?」
「平田のやつ……後で絞めてやる。最初から俺に押し付ける気で……くそっ。こうなったらどうなっても知るか!」
「そう言わないでくださいよ~」
「言っとくが、俺は協力しねーからな。来ただけでありがたいと思えよ」
不機嫌な様子を隠すことなく朝倉はそう吐き捨てて、少し汗で張り付いて乱れかけていた前髪をかきあげた。
何気ない仕草だが、その動作さえ街の風景に溶け込んでいて様になっている。
そう思ったのは杏実だけではなかったようで、噂通りのイケメンの登場に色めきだっていた4人の目も色も一層輝き始めた。
「朝倉さんっていうんですか? 山川 千理です。よろしくお願いします」
山川がすかさず二人の間に割って出た。職場にいる彼女より、明らかに1オクターブ声が高くなっている。
山川は少し顔を傾け満面の笑顔を振りまくと、朝倉に手を差し出した。
朝倉は一瞬、山川に視線を向ける。しかしすぐにそらして再び社員同士の会話に戻ってしまった。
山川の差し出した手は空に残されている。呆然として立ち尽くした山川に、他の男性たちが焦ったように必死でフォローし始めた。
なんだか『スクラリ』にしたころを思い出す
山川が気も毒だと思いつつも、あの頃と変わらない朝倉の態度にホッとした。
彼女が変わったなどといろいろと噂が飛び交っていた彼だが、実際に朝倉が特定の女性と親しくしているところを見たことはなかった。杏実が辞めたころは付き合っている人もいないという噂だったが、あれからもう二年も経っている――――今はもう彼女ができていたりするんだろうか?
結婚も……?
そう思うと胸が痛かった。
店の前で例の御曹司と合流し、杏実の初となる合コンが始まった。
部屋はモダンな和室だった。接待だけあって少し高級な個室という感じ。料理は懐石だった。
落ち着いた雰囲気の中、杏実たちの派手さはこの場所に不釣り合いな気がする。
御曹司は山村さんというらしく、年は30歳前後だろう。なるほど噂通りの派手好きらしく、自身も柄シャツにくたびれたジーパン(ヴィンテージっていうらしいが)にアクセサリーをジャラジャラさせていた。
御曹司とはいえ、この人が一番この場にそぐわないというか、気品がまったく感じられなかった。
自己紹介の時には、彼の希望で"女性は下の名前で……"などと指定し、すでにみんなのことを呼び捨てにし始めていた。
まあ杏実と言えば、そのノリについていけず「千歳」と名乗ってしまったため、それが名前だと思われている次第だが……本心は……
苗字が名前みたいでちょっと良かったと思う。
見た目こそ派手に仕上がっているが、結局中身は変わらない。山川から言われた通り隅に座って、飲み終わったグラスを片づけたりしながら黙々と料理をいただいていた。
(料理おいしいしぃ~)
朝倉と言えば、一応は接待ということで御曹司の言葉に相槌を打ったりしているが、女性陣からの質問やアプローチは一切無視しているようだ。
そうすると嫌われそうなものだが、無視されても”クールでかっこいい”と、みんなますますアプローチを高めていっているようだった。
杏実はそんな朝倉に近づくことすらできていない。朝倉が女性陣を避けていることもあるが、それ以上に山川たちの気迫に押されてそんなそぶりさえ見せることは許されないように思えた。
もちろん朝倉も杏実に気づいていないようだった。
自己紹介で「千歳です」と名乗った時に、一瞬視線を向けられた気がしたが、すぐに御曹司に話しかけられ……再び朝倉を見たときには、興味がないという風に横を向いていた。
まあこの身なりでは"アメ"とギャップがありすぎて気づくはずもない。それに二年も経っているのだから、ただのカフェ店員だった杏実のことなんて忘れているかもしれないとも思う。
さみしいけれど……それが現実なのだ。
―――時間が経過するごとに、御曹司の振る舞いは派手になってきた。
会話は下ネタが増えてきているようだ。
意味場分からない言葉も多いが、女性もいる場であのような会話がまかり通るのは信じらず不快感を感じた。あまりその手のことに免疫が無いせいかもしれないが、卑猥な感じがするのだ。
ますますついていけないと思う
口数の少ない杏実に気を使ってか、前に座っている男性が時々話題を振ってくれたりお酒も勧めてくれたりしたが、アルコールが苦手な杏実は丁重に断るしかなかった。
杏実は会話には加わらないものの、この場でしっかり料理を楽しめることに満足していたので、あれこれと気を使って話しかけてくれていることに申し訳ないと思うのだった。
(はぁ……こんなとこにいるぐらいなら…フミさんとおばあちゃんの部屋で一緒にお茶でも飲んでいたほうが楽しいな)
ぼんやりと祖母たちとのお茶会を思い出す。
フミさんのところにはいつもおいしいお菓子が置いてあるし、たまにケーキも出てくる。そのケーキはいつも雑誌で見たことのあるようないろいろな有名店のケーキで、本当においしいのだ。
ちなみに前回はイチゴのショートケーキだった。中にイチゴとブルーベーリーとラズベリーがはさんであって、クリームとその酸味がマッチしてすごくおいしかった。フミさんのチョイスするケーキは普段チーズケーキが多いので、イチゴはなかなか新鮮だったなぁ、と思う。
(そうだ! 今度、おばあちゃんは実はイチゴ系も好き……ってことにしてフミさんに伝えてみてみたら、イチゴが増えるかも! ああ……でもフミさんのほうがおばあちゃん通だから、それはばれちゃうかぁ…)
などと一人妄想していると、「キャー」と盛り上がっているような声が聞こえ、ハッと我に返る。合コンの最中だった。
杏実が再びみんなのほうに目を向けると―――山川が男の頬にキスしていた。
(なっなに!?)
それを周りが囃し立てている。
(山川さんの彼氏!?)
一瞬そう考えて違うと気がつく。
それというのもみんなに番号が配られたから。杏実がぼんやり妄想している間に、何やらゲームが始まっていたらしい。
たぶんこれは王様ゲームだ。(と思う)山川が、御曹司はこのようなゲームをするらしいと事前情報を教えてくれていた。
山川が言っていた通り番号が渡され、その番号に命令を下しているゲームのようだし、これがそうなんだろうと確信する。
―――しかし…
王様は毎回御曹司なのだ。
その内容もセクシャルなものが多い。
今度は女同士で胸を触りあっている。杏実は御曹司にますます嫌悪感を感じた。
幸い杏実は番号は与えられているものの、指名されない。御曹司は明らかにノリの良いメンバーを選び遊んでいるようだった。杏実の地味さを感じているのか、しかしそれが唯一の救いだった
朝倉もはじめは指名されたようだが、命令にはやんわりと断っていた。何より一緒に指名された女性がかなり喜ぶので、御曹司は面白くないらしくその後も指名していないようだった。
今はそちらを見ることは一切なく視線を落として黙々とお酒を飲んでおり、杏実のほうからは表情はうかがえなかった。
(もう帰りたい……)
杏実は、静かにため息をつく。
そんな杏実に―――――間もなく御曹司の悪意が向けられることとなる。




