安奈編 第六通 ストーカー
放課後、誰も居ない教室で私一人だけが、残っていた。もうすぐサッカー部の練習が始まるのだが、私は必死で探し物をしていた。私の探している物は、携帯電話だ。
今朝は、確かにあったのだが昼休みにメールを送ろうとした時には、なくなっていた。何処かに落としてしまったと思い、ずっと探しているのだが――。
一生懸命、携帯を探していた私は背後から名前を呼ばれた初めて、人が来た事に気付いた。
「ちょっと、安奈。まだ、探してるの?」
「カズちゃん」
振り返った私の目の前には、一人の女子生徒が立っていた。茶色に染めた髪は長く、耳にはピアスをしている。
彼女の名前は、宮沢 和美。私のもう一人の友達。私は『カズちゃん』と呼んでいる。
和美と出会ったのも一年の時で、一応陸上部に入っていた。まぁ、私が陸上部を辞めるきっかけを作ったのが和美なのだ。見た目は派手で、少し怖いイメージがあるけど、とっても良い娘で何かと私の世話を焼いてくれる。それに、結構成績の方も良い方だとか。
「なぁ、本当に寮に忘れてきたんじゃないんだよな?」
「うん。多分、鞄に入れたと思う……」
「多分じゃないよ……」
「だって〜」
「だってじゃない」
私の言葉に、ハキハキとした口調で答える和美。その後も、二人で教室を探し回ったが、結局見つからず教室を後にする。
「ハァ〜……」
「何落ち込んでるのよ」
「携帯見つからなかったから……」
「寮にあるかも知れないし、そんなに落ち込むなよ」
「うん……」
覇気のない声で返事をした私を、元気付けようと和美は笑いながら言う。
「何なら、安奈の携帯に電話掛けてみようか?」
自分の携帯を取り出し、私の携帯に電話をかける和美。暫くして、和美が言う。
「ンッ? 誰か出たみたいだぞ?」
「エッ? それじゃあ、誰かが拾ってくれたのかな?」
「みたいだけど……。何にも言わないぞ?」
そう言って、和美は私に携帯を貸す。携帯を受け取った私は、携帯に耳をあてゆっくりと口を開く。
「あの……。私の携帯拾ってくれたんですか?」
『……』
暫く返事が返ってこない。不気味に思った私が、電話を切ろうとした時、携帯の向こうから男の声がした。
『マサって、誰だよ。僕が居るのに、他の男とイチャイチャして……』
「エッ?」
聞き覚えの無い声に、私は首を傾げ和美の方を見る。その後も、携帯の向こうで一方的に話し続ける男に、私は怖くなり思わず電話を切ってしまった。そんな私に、心配そうに和美が声を掛けた。
「どうした? 何怖がってんだよ」
「い、今、男の人の声がしたの……。しかも、私の事を知っている様な口ぶりで話すの……」
「まさか、ストーカーか?」
「わかんない……」
体が震える私の肩を掴んだ和美は、優しく声を掛ける。
「安心しな。ストーカーなんて、私がぶっ飛ばしてやるからよ」
「うん……」
暫くして、私が持っていた和美の携帯が鳴る。それは、私の携帯からの電話だった。怖がる私に代わって、和美が電話に出て、大声で怒鳴る。
「あんた誰よ! 名前を名乗りなさい!」
すぐに電話を切られたのか、和美は携帯を閉じ不満そうな顔で窓の外を見る。そんな和美に私はゆっくりと声を掛ける。
「どうしたの?」
「今、私の怒鳴り声が、聞こえたのよ。多分、近くに居る」
「それじゃあ……」
「この学校の生徒だって事は間違いない!」
その時、廊下の角で物音がし、走り去る足音が響く。その瞬間、和美は勢い良く走り出す。私も立ち上がりすぐに和美の後を追いかける。
階段を駆け下り、保健室前を横切り外に出る。私と和美の前には、少しポッチャリとした男が走っている。右手にチラリと見える携帯が、私の物だと気付いた私は声を上げた。
「あっ! 私の携帯!」
「やっぱり、あいつが犯人か!」
歩道橋へ駆け上る男。和美は自分の靴を脱ぐと、その男目掛けて勢い良く投げつける。靴はバコッと、音を起て男の頭に直撃。直後、男の右手から私の携帯が投げ出され、宙を舞う。ハッとする私だが、携帯は道路へと落ちていき、そのまま車のタイヤに踏みつけられてしまった。
ガックリと肩を沈める私の傍では和美の怒鳴り声が響いていた。
「てめぇが、ストーカーだな!」
「ヒィ! す、すすすストーカーなんかじゃ!」
「黙れ! 人の携帯を盗んどいてよく言うぜ!」
「ご、ごめんなさい! ちょ、ちょっとした出来心で!」
「そんなんで許されるか!」
その後、和美が二度とこんな事はしないと誓わせた。だが、携帯は完全に駄目になってしまい、新しい機種へと買い換え、何事も無い様に事はすんだ。ただ、その新しくなった携帯には、雅之のアドレスだけが乗ってなく、メールを送る事も出来なかった。