高校三年 夏休み―10 (鈴木 安奈)
健介の前にあのジャンボパフェがゆっくりと置かれた。
その大きさと盛り付けが懐かしく思える私は、何だか笑みがこぼれた。
流石の健介もこの量には、驚いた表情をして表情が少し引き攣っていた。
暫し圧倒される健介を横目に、雅之は呆れた様にため息を吐いた。
その時、健介は自分の前に置かれたジャンボパフェを、雅之の前へと移動させ店員に叫ぶ。
「ジャンボパフェもう一つ!」
私と雅之の間に置かれたジャンボパフェで、私達はお互いの顔を見ることは出来なくなっていた。
自分の前にジャンボパフェを置かれた雅之は、少々震えた声で言う。
「何で、僕の前に置くのかな?」
「決まってるだろ? 俺とお前、どっちがはやく食えるか競争するんだよ」
「僕、そんな事やるっていったかな?」
「俺が決めた。文句あるのか?」
そう言って健介が雅之を睨む。雅之は渋々と言った感じでジャンボパフェを見据えていた。
そして、二つのジャンボパフェが並んだ時、二人が同時にスプーンを進めた。
ゆっくりとスプーンを進める雅之は、何度もため息を吐き殆ど手が進まない。
一方の健介は、豪快にスプーンを進めていく。全くやる気の感じられない雅之は、三分の一を食べた所でスプーンを置いた。
「ふ〜っ」
「もう、食べないんですか?」
「僕、元々そんなに大食いじゃないから」
由梨絵に対し、優しくそう言う雅之はまだ三分の二、残ったジャンボパフェにため息を吐く。
それを見ていた健介は、雅之を挑発するように言葉を発した。
「それで、本当にジャンボパフェを食べきったのか!」
「あれから、一年以上も過ぎてるんだよ。食べきれるわけ無いじゃない」
「フフフフッ。この勝負。俺の勝ちだな」
「はいはい。そうですね」
殆ど投げやりの雅之を私が心配そうな眼差しで見つめていると、一瞬雅之と目が合った。
そして、置いていたスプーンを手に取りまた、ジャンボパフェを口に運び始めた。
「おっ、やる気になったか!」
「別に、残すのは勿体無いからさ」
健介に雅之はそう言って次々とスプーンを進める。そんな雅之を見ていると、何だかあの頃を思い出して嬉しくなった。
「頑張れマサ」
「うん」
「健介先輩も負けないでください!」
「おう。当たり前だ!」
私と由梨絵の声援に答える様に雅之も健介もペースを上げた。だが、徐々に健介のペースが遅くなり、遂に雅之が健介と並んだ。
あと、四分の一の所でついに健介の手が止まり、雅之が心配そうに手を止めた。
「大丈夫?」
「う……。大丈ぶっ……」
「大丈夫そうじゃないね。だから、止めとけって言ったのに」
「うるせぇ……」
強がる健介だが、もう限界そうだった。唇の色も青ざめていて何だか辛そうだった。
雅之はそんな健介を見ながら、少しずつだがスプーンを口に運んでいた。そんな雅之を見て、健介もスプーンを進めようとするが、もう手が動かないといった感じだった。
心配そうにする由梨絵を見た雅之は、ふと私の方に視線を送った。
雅之と視線のぶつかった私は軽く頷く。すると、雅之が急にスプーンを置きお腹を押さえて言う。
「う〜ん。もう限界だ。後は、安奈と由梨絵に任せるよ」
「私も一度食べたかったの」
私はそう言う。物凄く下手な芝居で。
すると、由梨絵も何か気付いたらしく言う。
「そ、それじゃあ、最後は私と安奈先輩の勝負ですね」
「よ〜し。負けないよ」
「私だって負けません」
その後、私と由梨絵が残ったジャンボパフェを最後まで食べつくした。
多分、もうジャンボパフェは頼まないと思う。こんな苦しいのはこれだけで十分だから。