高校三年 夏休み―8 (鈴川 由梨絵)
健介先輩のお友達である白川先輩の旅館の手伝いが終わり、平凡な夏休みに戻り数日が過ぎた。
その間に行われた三年生最後の大会は、結局勝つ事は出来ず、甲子園の夢は打ち砕かれた。健介先輩は相変わらず、笑っていたが本当は泣きたいほど悔しかったと思う。
それもあったため、今日は健介先輩とデートをする事になっている。
待ち合わせの場所は、近くの公園。私にとって近くでも、健介先輩にとっては結構遠い公園。
公園の門の前でのんびりと待っていた私は、ふと向こう側の歩道を歩く宮沢先輩の姿が見えた。
何だかぼんやりしていて、何だか元気が無い様に見える。
と、そこにいつもの様に明るい声で健介先輩が駆けてきた。
「お〜っそくなってごめんな」
「あっ、健介先輩。あれ見てください」
「あれ?」
私の指差す先を見る健介先輩は、不思議そうに声を上げた。
「あれって……。和美だろ? 何でこんな所に?」
「夏休みで実家に返ってきてるとか?」
「そうなのか? でも、それにしては変じゃないか?」
「変? ――ですか?」
首を傾げた私に、健介先輩が軽く頷く。暫く向いから宮沢先輩の事を見据える私と健介先輩は、いつしか宮沢先輩を尾行していた。
デートはどうなったんだろう? とか、私は少し思っていたが、尾行している内にコッチの方が楽しくなっていた。
本当はいけない事なんだろうけど、もう止められなかった。
「本屋に入って行ったな」
「そうですね。どんな本読むんでしょうね?}
「気になるな。行ってみるか」
「はい。それじゃあ、変装しましょう。これじゃあ、バレちゃいますから」
「変装って、そんな道具もってないぞ」
健介先輩がそう言うと同時に、私はバッグからサングラス・付け髭・帽子の三点セットを取り出した。
顔を引き攣らせる健介先輩は、呆れた様な声で聞く。
「何で、こんなものを持ち歩いてんだ?」
「いざと言う時の為ですよ」
私はニッコリと微笑んだ。
本当の事を言うと、健介先輩にドッキリを仕掛ける為に買って置いた物なのだが、ここは何とか誤魔化した。
殆ど強引にだけど。
取り合えず変装する私と健介先輩は、本屋に入っていった。
本屋に入ると同時に、何やら視線が集まる。きっと、私と健介先輩が怪しいのだろう。
そんなこんなで、私と健介先輩はようやく宮沢先輩を発見した。
「何か、本を読んでるぞ」
「人が邪魔でよく見えませんね」
「もう少し近付いてみるか?」
「危なくありません?」
「大丈夫だろ。この完璧な変装なら」
自信ありげにそう言う健介先輩だが、そう思っているのは多分健介先輩だけだと私は思う。
ゆっくりと、人と人との間をくぐり宮沢先輩へと近寄る健介先輩と私は、ようやく本の表紙が見える位置まで移動できた。
多分、これ以上近付くと、宮沢先輩にバレると言うぎりぎりの位置まで近付いていた。
近くにあった本を開き顔を隠す私と健介先輩は、宮沢先輩の読む本の表紙を見ようとしたその時、その間にちょっと小太りの男が入り込み、結局本の表紙は見えなかった。
「あのデブ! 何邪魔してんだ!」
「まぁまぁ、仕方ないですよ」
あの後、宮沢先輩がすぐ本屋を出て行き、私と健介先輩もそれを追って出て行った。
どんな本を読んでいるのか気になっていた健介先輩は間に入ってきた小太りの男の人の事を、未だ根に持っていた。
まぁ、私も少しくらい気になっていたが、それよりも今は宮沢先輩が何処に向っているのか気になっていた。
私と健介先輩が宮沢先輩を影から見ていると、背後から急に声を掛けられた。
「何やってるの?」
私と健介先輩は飛び上がるほど驚いた。




