高校三年 夏休み―7 (倉田 恵利)
和彦先輩のおじさんの旅館の手伝いも、もう今日で終わりとなった。
相変わらず、私は由梨絵と外回りの掃除をしていた。特に散らかっているというわけでもないが、これがこの旅館の日課らしい。
お兄ちゃんは相変わらず調理場の仕事をしていて、仕事が増やされたとぼやいていた。それだけ、頑張っているって事なんだろうね。
健介先輩や和彦先輩は、裏で力仕事をさせられていて、何だか一段とたくましくなった様な気がする。安奈さんや冷夏さんは、接客業に随分と慣れた様子でいつも楽しそうだ。久美子さんと和美さんは、相変わらずと言った感じです。
外回りの掃除を終えた私と由梨絵は少し自分の部屋で休んでいた。
「ふ〜っ。疲れたね」
「うん。でも、これも今日で終わりだね」
「大変な事もあったけど、結構楽しかったね」
微笑みそう言う私は、由梨絵の方を見た。
すると、由梨絵も私のほうを見て微笑んだ。
色々な話で盛り上がっていたが、休憩時間が終った事に気付き、床磨きの仕事へと移った。
「ごめんなさい。遅れてしまって!」
既に、床磨きをしていた久美子さんと和美さんに私達は頭を下げた。
久美子さんは笑顔で、
「気にしないで。いつもは、私達が遅れてるんだし」
と、軽い口調でそう言った。一方の和美さんは、床を磨いたまま遠くを見るような目をしていた。
何処と無くぼんやりとしている様な感じ。
不思議に思った私は、その事を久美子さんに聞いた。
「久美子さん。和美さん、何かあったんですか?」
「ンッ? どうして?」
「何だか、ここ最近変って言うか、ぼんやりしてるって言うか」
「やっぱり、分かっちゃう。そうなんだよね。何か、ぼんやりしちゃってさ。私達は恋なんじゃないかって、思ってるね」
「恋? ですか」
「そう。そうに違いないわ」
久美子さんは強気にそう言う。何を根拠にそう言うのかは分からないが、多分女の勘って奴なのかもしれない。
私は感心しつつ、和美さんの方を見る。相変わらずぼんやりとしていて、何だか心配だった。その時、水の入ったバケツを由梨絵が間違って蹴飛ばした。
私と久美子さんが声を出す暇も無く、バケツの水はぶちまけられ、蹴飛ばされたバケツが和美さんの頭を直撃した。
バケツがカランカランと床の上を転がり、和美さんが床に倒れた。私達三人はすぐに和美さんに駆け寄った。
「か、和美さん!」
「ご、ごごごごごめんなさい!」
「ふ、二人はここ拭いといて、私和美を部屋に連れてくから」
「お願いします」
久美子さんが和美さんの体を抱え、自分の部屋へと運んでゆく。私と由梨絵はその間に床に広がる水を雑巾で拭き取った。
これで、五度目くらいになるだろう。由梨絵は申し訳なさそうに俯き私に謝る。
「ごめん。何度も何度も」
「気にしないでよ。失敗は成功の母って言うでしょ?」
「それって、失敗は成功の元じゃ?」
「母とも言うの」
「そうなんだ。勉強になるね」
首を軽く曲げてニッコリと微笑む由梨絵は、本当にのんびりとしていた。
こういうのをマイペースって言うんだろう。私とはちょっと違うタイプって感じ。
床をようやく綺麗に拭き終えた私と由梨絵の所に久美子さんが戻ってきた。
「どうでした?」
「大丈夫。部屋で寝てるよ。何処も怪我してないし、心配する事無いよ」
「本当、すみません」
「いいって、いつもならあんなの軽く避けるんだから」
「いつもなら?」
不思議そうに由梨絵が首を傾げると、久美子さんも軽く首を傾げる。
そんな二人の間に挟まれた私は、苦笑する。すると、久美子が不思議そうに言う。
「もしかして、気付いてなかった?」
「何をですか?」
「由梨絵って、マイペースなんですよ」
「そうなの……」
呆れた様に久美子さんがそう言った。由梨絵は何の事なのか分からず頭を捻らせていた。
私と久美子さんは、和美が少し変だと言う事を由梨絵に話す。すると、腕組みをしながら唸り声を上げていった。
「そうだったんですか。初耳ですね」
「普通、気付くでしょ?」
「気付きませんよ」
「由梨絵だけだよ。気付いてなかったの」
「え〜っ。そうですか?」
由梨絵は不満そうにそう言う。私と久美子さんは呆れて何もいえなかった。