高校三年 夏休み―2 (加藤 健介)
数時間後、俺達は和彦のおじさんのやる旅館に到着した。
少々古びた感じの佇まいは、昔ながらの味を出しており、代々続いてきた旅館と言う感じをかもち出している。
外から見た感じじゃ分からないが、中は広々としており床はピカピカに磨かれ、下を向いたら自分の顔が映るんじゃないかと思うほどだった。
こんな場違いな所で、俺なんかが手伝いなんてやっていけるのかと思い不安を募らせていると、背後から雅之が声を掛けた。
「どうかした? 急に黙り込んで」
「べ、別にどうもしねぇ」
少し強気な口調でそう言ったが、声が少し裏返ってしまった。しまったと思った時には、既に笑いが周りを取り巻いていた。
恥かしくなり汗顔する。そんな俺の肩を叩いた和彦は、笑いながら言う。
「そんなに緊張する事ないさ。健介は風呂掃除とか裏方だから。そんなに難しい仕事じゃないよ」
「わ、わかってるさ!」
少し慌てながらそう言うが、未だ皆の笑い声が微かに聞こえていた。取り合えず、荷物を自分達の部屋に運んだ。俺は、雅之と二人部屋で、結構広々としていた。
窓から見える海がまた綺麗で、静かに聞こえてくる波の音なんて本当に最高だった。鞄を隅に置いた俺は、早速渡された指定の服を身にまとった。
雅之はのん気にお茶を啜りながら、服を着替える俺に不思議そうに訊く。
「あのさ。何で着替えてんの?」
「はぁ? 何でって、これから仕事手伝うんだろ?」
「ううん。仕事を手伝うのは明日からだけど?」
軽く首を左右に振り、そう言った。もちろん、俺は慌てた。
完全に今日からだと思い込んでいたからだ。俺はすぐに大声で笑った。
そんな俺を訝しげに見据える雅之は、ゆっくりと口を開く。
「もしかして――」
俺は雅之が最後まで言い切る前に、その場を乗り切ろうと更に大声で笑い、
「ヌハハハハッ。じょ、冗談に決まってるだろ! ヌハッ、ヌハハハハッ! 俺が知らないわけ無いだろ? お前を騙そうとしたんだよ。軽いドッキリさ」
と、言い放った。もちろん、雅之がそんな簡単な言い訳で納得するはずも無く、更に目を細め怪しむように俺の顔を見る
額に薄らと汗をかき始めていた俺が、笑い続けていると、雅之がゆっくり口を開く。
「本当かな? 第一、健介ってヌハハハハッて笑ったっけ?」
「ヌハッ、ヌハハッ。当たり前じゃないか!」
「それじゃあ。今度、由梨絵に聞いてみるよ」
「わっ、ま、ま待て! それだけは、勘弁してくれ!」
「冗談だよ。冗談。冗談に決まってるじゃないか。ハハハハハッ」
冗談と連呼しながら雅之はお茶を啜った。まぁ、雅之は案外口が堅いから信用していいと俺はホッとして普段着に着替えなおした。
暫しテーブルを挟み向かい合っていた俺と雅之は、老夫婦の様にお茶を啜っていた。
しかし、こうして雅之と二人になると、中々喋ることが見つからないものだと、感じた。
沈黙が続いた後、急に雅之がピタッと動きを止めた。電池を抜かれたおもちゃの様にジッと動かない雅之に、俺は少し不気味に思った。
意外と俺って雅之の事知らなかったんだと、思った。
それから、数分後、雅之が欠伸をしてまたお茶を啜った。俺は少し気になり訊く事にした。
「なぁ。さっき何してたんだ?」
「さっき? さっきって?」
「何か急に動きとめただろ?」
「ああ。あれね。ちょっと、心配事があってさ、それを考えてたんだ」
ニコヤカに笑いそう答える雅之は、またお茶を啜った。
「それで、考え事って、安奈ちゃんの事か?」
「う〜ん。まぁ、それもあるけどさ……」
苦笑しながら雅之が頭を掻く。俺は首を傾げ更に訊く。
「それ以外って、何か問題でもあるのか?」
「それがさ。僕、仕事で何故か調理場任されてさ……。まぁ、食器洗い位だと思うけど、僕なんかが調理場なんて入っていいのかなってさ」
俺はその言葉に唖然とし、呆れた様にため息を吐き言い放つ。
「何だよ。そんな事かよ……」
「そんな事って、僕にとっては一大事だよ……」
「その割りに、落ち着いてるんだな」
「まぁ、決まった事だし、食器洗いだけならって思ってるから……」
「それじゃあ、いいんじゃねぇか? それに、お前、料理だけは得意だろ?」
「だけは余計だよ……」
落ち込んだ様に雅之はそう言いため息をもらした。