高校三年 一学期―8 (倉田 雅之)
あれから、随分と時が過ぎ、夏休みが目前まで迫っていた。
今年は中間、期末とまぁまぁの成績で夏休みの補習は無い。健介も、赤点ぎりぎりで何とか補習は免れたが、二学期はもっと頑張れと先生に言われたらしい。
本人はあんまり気にはしていなかったが、由梨絵の方は随分と心配していた。
和彦はもちろん殆どトップの成績で中間、期末と乗り切っていた。やっぱり、和彦は凄いと感心するしかない。
そんな事を思いながら、一人部屋でボーッとしていた僕は、突然の着信音にビックリしてイスごと床に倒れた。
頭部が床にぶつかり大きな音が響き、隣の部屋の恵利が驚いた様子で大声で叫んだ。
「お、お兄ちゃん! な、何今の音!」
僕は頭を擦りながら、ドアを開け廊下に顔を出して言う。
「何でもない。ちょっと、受身の練習を――」
我ながら下手な言い訳だ。
だが、恵利はそんな下手な言い訳を鵜呑みにする。
「受身の練習? こんな時間にやら無くても良いでしょ?」
「う、うん。分かってるよ。もうしないから」
「それから、お風呂は早めに入ってよ」
「わかった。あと少ししたら入るよ」
そう言って僕は部屋に戻った。未だ疼く頭部を押さえ、僕は携帯を手に取った。
その画面には、和彦と名前が出ていた。和彦からのメールなんて滅多に無かったため、少々ビックリしたが、その内容に目を通した。
『今日、学校で言うつもりだったんだが、夏休みの予定とかあるか? もし暇なら一週間くらい内のおじさんのやってる旅館に泊まりに行かないか? ちょっと、人手が足りないらしくてさ。恵利ちゃんが心配なら、恵利ちゃんも一緒に来ればいいし、手伝うのは午前中だけで午後は近くにビーチがあるからそこで遊べるし。別に、忙しいならいいんだけどな』
珍しく困ったような和彦のこのメールに僕はふと言葉を漏らした。
「珍しい……」
暫く携帯を握ったまま固まっていた。今まで和彦には何度も助けてもらっていたし、今回は助けて上げたいが両親は何ていうだろうとふと思っていた。
滅多に家に帰ってこないし、話をする機会なんて無い為、取り合えず恵利にこの事を話そうと部屋を出た。
恵利の部屋の前に立つ僕は、右手でドアをノックする。暫くして、恵利がゆっくりとドアを開いた。
「何? あっ、まだお風呂入ってないじゃない。もう、お兄ちゃんのあと少しはいつなのよ」
「あ〜っ。入るよ。入る前にちょっと、相談をしようと思ってさ」
「相談? お兄ちゃんが? まさか、安奈さんと何かあったの?」
「いや、安奈とは順調だよ。実はさ――」
僕は和彦からのメールを恵利に見せた。恵利は「ふ〜ん」なんて言いながら頷きニッコリ笑った。
そして、嬉しそうに口を開いた。
「良いじゃない。行こうよお兄ちゃん。健介さんや安奈さんも誘って」
「な、ななななんで安奈もなんだよ。健介はともかく」
戸惑いながら僕はそう言い慌てる。だが、恵利は僕の言葉など聞かず、自分の携帯を片手に安奈へメールを送信していた。
そして、すぐに僕の携帯の方に返事が返ってきた。
『うん。大丈夫だよ。夏休みは暇だから。カズちゃんや冷夏も一緒で良いかな? 人では多いほうが良いでしょ? それから、久美ちゃんだけど、まだ予定が分からないらしいんだ。でも、多分いけるとか。楽しみだね。今年の夏も海に行けるなんて』
「ほらね。安奈さんも嬉しそうだね」
恵利が僕の携帯に送られてきた安奈からのメールを見ながらそう言った。
確かに嬉しそうだけど……。まだ、和彦に何の連絡もして居ない事を恵利に告げた。
その瞬間、慌てだし大騒ぎし始めた。
「えっ、えっ! それじゃあ、和彦さんには何も連絡してないの? 何で先に言ってくれないのよ!」
「言う前に恵利が安奈にメールしたんだろ? それに、恵利に相談してから和彦にはメールしようと思ってたのに」
「じゃあ、何で最初に言わないのよ!」
恵利が怒鳴る。
僕に非があるのは認めるが、恵利にも責任がある。ちゃんと、人の話を最後まで聞かないから。
まぁ、そんな事を言えば他に何を言われるか分からなかったため、僕は仕方なく謝った。
「ごめん」
「さぁ、謝ってないで、和彦さんにメールして!」
「う、うん」
圧倒される僕は渋々と和彦にメールを送った。内容はこうだ。
『和彦。ちょっと、手違いがあってさ、安奈や和美と冷夏も一緒になっちゃったよ。久美子は来れるかわかんないらしいけど、来るとは言ってるんだけど、迷惑だよね。ごめんね。和彦に言うつもりだったんだけどさ――』
ため息を吐きならがメールを送信し、恵利を見る。未だ慌てた様子で部屋を駆けずり回っており、僕は何度か恵利に叩かれた。
何で叩かれたのか分からないが、その理由を聞く勇気は僕には無かった。
暫くして、僕の携帯が着信音を大きく鳴らせた。和彦からのメールだった。
『やっぱり、ユキに言って正解だったよ。人手が足りないと聞いて、すぐに鈴木に連絡するとは、流石だな。あとは、健介だけだな。由梨絵に言えば、健介来るだろうか? それから、部屋の心配はするな。おじさんがちゃんと用意しているから。それじゃあ、また追々連絡するから』
結構軽く了承した和彦。これはこれで、良かったんだなと、僕は安堵の息をつく。
そんな僕に、恵利が迫るように近付いてきて言う。
「な、何だって? もしかして、怒ってた? う〜っ。どうしよう」
「大丈夫だって。逆に感謝してたよ」
「ほ、本当。よかった……」
「さぁ、気分も落ち着いたし、僕はお風呂に入ってくるよ」
気が晴れ安心した僕は、そう言い軽い足取りで部屋に戻り、着替えを持って風呂場に急いだ。
その後、ゆっくりと湯船に浸かり夏休みの事を思い浮かべていた。