安奈編 第二十九通 大晦日の大掃除
大晦日の朝、私はいつもより早く目が覚めた。外はまだ薄暗く静けさが漂っている中、私は気合を入れて自分の部屋の大掃除を始めた。特に使っていない部屋なので、そんなに汚れても無く、日が昇り始めた頃には掃除も終っていた。
両親もその物音で目を覚まし、少し早いが大掃除を開始し、私もある程度掃除を手伝い、家を出た。
どの家も大掃除をしている住宅街を私は、足軽に通り抜け駅前に到着した。この駅で初めて雅之の顔を見たんだよね。なんて、考えると無性に笑みがこぼれた。暫く、一人笑みを浮かべていた私は、時計台の時間を見て焦った。
「あっ! もう大掃除始まってるかも」
無論、私の家の大掃除でない。私の言ったのは雅之の家の大掃除の事だ。
昨日、雅之がメールでポロッと、もらした一言で私は手伝いに行こうと決心したのだ。それに、一度雅之の妹にも会っておきたいと思ったのだ。
もちろん、私が来る事は雅之は知らない。住所は和彦から密かに教えてもらい、雅之を驚かせようという状況になっている。
携帯で雅之の住所を確認しつつ、細めの街道を歩き進めようやく雅之の家の前に辿り着いた。すでに、大掃除が始まっているのか、中からは掃除機の音が響いていた。
「ここが、雅之の家だよね。何だかドキドキしてきた」
緊張する私は、玄関の前に立ち尽くし胸に手を当てゆっくり息を吐く。
その時、私の背後から、
「そこで、何してるんだ?」
と、男の声が響く。心臓が飛び出しそうな位驚いた私は、暫しパニックに陥る。
驚かそうと思っていたのに、まさか驚かされるなんて、予想外の事で完全に頭が真っ白になっていた。
その時、雅之の声が庭先から聞こえる。
「あれ? 健介〜ッ。ちゃんと窓拭きやってよ!」
「あぁ。それより、お客さんらしいぞ」
「お客さん?」
庭先の方から芝を踏み鳴らす音が聞こえ、もう雅之が近付いてきた。雅之の声に、私は嬉しくなって振り返った。
すると、雅之と健介と呼ばれた男が同時に言う。
「安奈!」「可愛い」
私の目の前には、私よりも少し身長の高い男が笑みを浮かべていて、一方の雅之は驚きに目を丸くしていた。
「な、何で安奈が……」
「へぇ〜っ。この娘が安奈ちゃんか。話で聞いてたよりも可愛いじゃないか」
健介と呼ばれた男がそう言って雅之の方を見る。そして、私に彼を紹介する。
「僕の友達の健介」
「どうも、初めまして」
丁寧にお辞儀した私は、顔を上げて健介に微笑んだ。少し照れる様なしぐさを見せる健介は、肘で雅之を小突き小声で何かを言うが、私には聞こえなかった。少しして、雅之が少し顔を赤面させ健介に言う。
「健介は、早く窓拭きに戻ってよ。大掃除が終らないとそばも作れないんだから」
「はいはい。わかってるって。そんじゃ、邪魔者は消えるかな」
妙な一言を残し健介は庭先へと去ってゆく。残された私と雅之には、妙な沈黙が続き私の方から声を掛けた。
「ほら。昨日、大変だって言ってたから、手伝いに来たの」
「そ、そっか。それじゃあ、恵利にも紹介したいから」
そう言って、雅之は私を家の中へと招いた。中では掃除機をかける雅之の妹の恵利が、大声で怒鳴る。
「お兄ちゃん! 窓拭きサボらないでよ!」
「いや、紹介したい人が……」
雅之の言葉など聞かずに、恵利がハタキで雅之の頭を叩く。
「うわっ、や、やめろよ!」
「問答無用! 働かざるもの食うべからず」
「食うべからずって、何か食べに着たんじゃ」
「口答えしない!」
圧倒される雅之を見かねて、私が声を掛けた。
「あの……。雅之のメル友の……」
恵利の動きが止まり、私と目が合う。私もその瞬間に言葉が詰まり、微笑む事しか出来なかった。
ハタキを払いのけた雅之は、恵利に言う。
「彼女はメル友の安奈。今日、手伝ってくれるって」
「エッ、お兄ちゃんのメル友! こんな綺麗な人が?」
疑いの眼差しを向ける恵利に、雅之は不満そうな表情を見せて居る。私はただただ微笑むだけで二人のやり取りを伺っていた。
その後、話がまとまり、私は恵利と一緒に室内の掃除をする事になった。
「それで、お兄ちゃんとはどうしてメル友に?」
掃除中に恵利が突然質問してきた。本当に突然だったため、私は何と答えて良いのか分からず、悩んだ。
その末に、出した答えは、
「う〜ん。多分、何処か似た所があったからかな?」
「似た所? お兄ちゃん、成績悪いし、運動できないし、外見も良くないのに、似た所なんてありますか?」
「ハハハッ……。恵利ちゃんって、結構厳しいんだね」
「そうですか?」
苦笑いを浮かべる私に、恵利は愛らしく微笑む。きっと仲がいいんだろう。
暫く、雅之との出会いとかを恵利に話し、楽しく掃除を続けた。