安奈編 第二十六通 遊園地
私は雅之との待ち合わせ場所に急いだ。
完全に寝坊し待ち合わせ時間に間に合いそうに無かった。唯一の救いは、昨日の内に実家に戻ってきていた事だ。もし寮だったら、雅之を二時間くらい待たせる事になるのだから。
通行人をかわしながら待ち合わせ場所に急ぐ私の髪は、風で少し乱れている。
「アーッ。どうしよう! マサ怒ってるかも」
そう呟き、待ち合わせ場所の方を隠れてみる。噴水池の淵に腰をすえる雅之の姿がチラリと見え、私はホッとし急いで乱れた髪と呼吸を整え、落ち着いた足取りで雅之の方へ向った。
「ごめん。待った?」
「ううん。全然待ってないよ」
首を左右に振る雅之は、優しく微笑む。それに対し、私も負けじと微笑み返すが言葉が無い。
そんな雅之の顔を複雑な表情で私は覗き込んで言う。
「ねぇ。ぼんやりして、どうしたの?」
「えっ、な、なんでもないよ」
少しオドオドした態度の雅之に、私はもう一度微笑んだ。すると、雅之も微笑んでくれた。
「それじゃあ、行こうか」
「エッ、行くってどこに?」
不安そうな表情を見せる雅之は首を傾げて私の顔をジッと見つめる。
私は少し胸を張り堂々と遊園地のチケットを二枚雅之に見せ、白い歯を見せ微笑んだ。
「遊園地のチケット、姉さんから貰ったの」
「へ〜っ。お姉さんから」
意外そうな表情を見せる雅之に、私はチケットを一枚渡した。
遊園地には何度も行った事があるが、好きな人と言うより男の人と二人っきりで行くのは初めてだった私は、色々と不安だったがそれを必死で笑ってごまかしていた。
そんな時、雅之がふと口を開く。
「遊園地に行くの何年ぶりだろう。幼い頃に一度親戚のおじさんと行ったきりかな? まぁ、両親は子供より仕事を優先にしてたから、休みの日は家で過した記憶しかないなぁ」
初めて知った雅之の家庭環境に、私は悲しかった。両親が子供より仕事を優先にするなんて、信じられなかった。
少し涙がこぼれたが必死で堪え、
「そうなんだ。マサも大変なんだね」
と、言った。その言葉に雅之は表情を引き攣らせながら微笑んだ。
雅之が悲しそうな表情をするので、私は雅之に家族の事、特に両親の事はこれ以上聞かない事にした。
そして、この場を和まそうと明るく笑いながら言った。
「それじゃあ、今日は思い存分遊園地楽しもう」
「うん。そうだね」
雅之が少し明るくなった。
その後、私と雅之は遊園地に並んで歩きながら行った。
園内に入った私と雅之の前を通過する人達は、皆カップルで何だか私は恥かしかった。それでも、雅之に楽しんでもらおうと明るく言う。
「凄いね。結構、賑わってるよ」
「まぁ、クリスマスだから……」
やっぱり元気の無い雅之に、少し私はムスッとした表情を見せる。
すると、二、三歩後退り雅之が表情を曇らせ言う。
「な、何?」
「何? じゃないでしょ! ほら、元気を出して行くわよ」
「う、うん」
私の気迫に圧されたのか、雅之は苦笑しながら頷いた。
その後、雅之も徐々に元気を取り戻し、私と雅之は軽い気持ちでホラーハウスへ入った。
暗い部屋の中に立体のお化けの姿が映し出され、リアルなそのお化けに悲鳴が飛び交っていた。
「結構、迫力あったね」
「そ、そうだね」
私は笑顔で雅之の方を見るが、雅之は物凄く顔色が悪かった。
「ねぇ、どうしたの? 顔色悪いよ」
私の言葉に少し笑みを見せるが、とても苦しそうだった。心配だった私は、雅之に更に言葉を掛ける。
「少し休もうか?」
でも、雅之はもう一度私に微笑み、
「大丈夫。さぁ、次に行こう」
と、言い歩き出した。
雅之の事が心配だった私は、どうしようか迷った末、ある決断を下した。
それは、絶叫マシンに乗せて気を失わせようと言う事だ。そうなれば、無理に強がる事も無いし、自然に休む事も出来るとなんとも画期的な効果があるだろう。
何て、私は考えていたが実際そんな上手くいくなんて思っても見なかった。
無理やり絶叫マシンに雅之を乗り込ませ、戻ってきた時には雅之は気を失っていた。
「お嬢さん、彼どうします?」
「それじゃあ、あのベンチまで運んでもらえますか?」
私は係りの人にそうお願いし雅之をベンチに運んでもらった。眠る雅之の頭を膝の上にのせ、私は暫く寝顔を見つめていた。