安奈編 第二十一通 プレゼント
和美と冷夏からもらったプレゼントを、大切に鞄にしまい私は席を立った。既に、時計は四時を回っており、授業は全て消化していた。しかも、今日はサッカー部の練習も休みとあって、私は寮に帰って早く雅之とメールがしたいと、胸を躍らせている。
そんな私の姿を見ながら、和美と冷夏は多少呆れた表情を見せているが、今の私には他の人の表情など目に入らない。
「安奈。少し浮かれすぎだよ」
「そうかな?」
「そうですよ。何だか……不気味ですわ」
「え〜っ。私はいつもと変わらないって」
微笑みながらそう言う私に、怪訝そうな表情を見せる和美と冷夏は、ほぼ同時にため息を吐く。
そんな二人と一緒に寮へ向う私。冷夏は最近寮で生活するようになり、たまに私や和美と一緒に帰宅する事がある。そして、今日がそのたまにの日なのだ。
一人浮かれる私は鼻歌を歌いながら和美と冷夏の少し前を歩く。その時、二人が寮の前に居る怪しい男を見つける。黒い学ラン姿のその男は、何やらソワソワと落ち着かない様子で寮の前に居る。私は、男の顔を見てすぐに声を上げようとした。
「あっ! モガモガ!」
声を上げようとした私の口を塞いだ和美と冷夏は、曲がり角に身を隠しその男をチラチラと見る。
口を塞がれ喋る事の出来ない私は、必死に二人に声を掛けようとするが二人は全く聞く耳を持たない。
「怪しいぞ。あの男」
「す、ストーカーじゃないですか?」
「それなら、私がぶっ飛ばしてやるぞ!」
私の口から手を放した和美は指の骨をボキボキ鳴らしながら、男を見据える。
今にも殴り掛かりそうな和美の肩を掴んだ私は、焦りながら言う。
「あれ、マサだよ。私のメル友の」
「なっ! あれが、安奈のメル友か!」
「凄く怪しいんですが……」
ソワソワとする雅之の方を見る和美と冷夏は、変な物を見る目をする。確かにあのソワソワとした動きは、少しばかり怪しいが私はそうは思わなかった。どちらかと言えば、私に会いに来てくれたんだと、言う気持ちになり笑みをこぼす。
冷たい視線を送る和美は私の肩を叩き、残念そうに首を縦に振りながら言う。
「安奈。残念なお知らせがある」
「何?」
「あいつは駄目だ」
「駄目って何が?」
「あいつじゃあ、安奈に不釣合いだ。残念だがここで奴との縁を――」
目を輝かせ、雅之を追っ払おうとする和美の体を、私と冷夏は必死に押さえつける。女の子とは思えない力を発揮する和美に、少々手間取ったが私は何とか和美を説得する事に成功した。和美も私の言葉に多少物言いがある様だが、それは全て却下された。
納得がいかないと不貞腐れた表情を見せていた和美は、その後、冷夏に連れられ雅之の目の前を通過して寮に入っていった。冷夏はクスクスと笑いながら雅之を見ていたが、和美の方は物凄くにらみつけていた。あれで、和美も私の事を心配してくれているのだ。まぁ、あのストーカー事件もあったから、和美は私にもっと頼もしい人と付き合って欲しいといっていた。雅之は、どちらかと言えば頼もしくは無い方だと、私はかんじている。
そんなこんなで、和美の事を思いつつも、私は高まる鼓動を沈めゆっくりと雅之の方に近付き、あたかも今気付いたといわんばかりに声を上げる。
「マサ!? エッ、どうしたの? こんな所まで」
「いや、誕生日だって、言ってたから……」
「そうだけど、学校どうしたの?」
恥かしそうに笑みを浮かべる雅之にそう言った私は、本当は嬉しくて雅之に飛びつきたかったが、そこは堪えて雅之の顔をジッと見る。
暫くたち、雅之は全く私に返事を返さない。それどころか、私の顔をジッと見つめたまま固まっているのだ。あんまり雅之が見つめるので、私は恥かしくなり雅之の頭をバッグで叩き言う。
「ねぇ、聞いてるの? マサ」
「き、聞いてるよ……」
慌てふためく雅之も見ながら、私は小さく「もう……」と呟き息を吐き雅之に微笑んだ。
そして、これからどうするかを考えた。流石にここで立ち話は迷惑だし、そのまま返すと言うのも、折角きてくれたのに悪いと思い、私は部屋に招きいれようと思いついた。別に、寮に男の人を入れてはいけないと言う規則は無いので、私はためらいも無く雅之に言う。
「それじゃあ、私の部屋行こうか。ここで、立ち話もなんだし」
「エッ!? で、でも……」
私の言葉に驚き口ごもる雅之に、私は強気な姿勢で言う。
「私の部屋じゃ、不満?」
「いや……。そんなつもりじゃ……」
俯きながらそう言う雅之を、強引に丸め込み私は部屋へ招きいれた。別に部屋が散らかっているわけでもないし、見られて困るものも無いため、雅之をテーブルの前に座らせて冷蔵庫に向う。
初めて男の人を部屋に入れ、私は少し緊張していたが深呼吸をして心を静め冷静さを保ちながら雅之に訊く。
「マサは何か飲む?」
「ぼ、僕はいいよ」
「遠慮しなくていいよ」
「で、でも……」
緊張しているのか、少し堅い表情の雅之は遠慮がちにそう言う。
そんなはっきりとしない雅之に、ため息交じりに私は言う。
「もう……。ハッキリしないな」
「ごめん……」
「それじゃあ、オレンジジュースでいいよね」
「う…うん……」
半ば強引に雅之にオレンジジュースを出した私は、テーブルの前に座り雅之の方を見る。
そして、不意に気付いた事を訊いてみた。
「ねぇ、どうして私がこの寮にいるのわかったの? 教えてないよね」
「う、うん。和彦に聞いたんだ。どうしても、プレゼント渡したくて……」
「プレゼント?」
雅之の言葉に首を傾げる私は、雅之の事をジッと見つめる。今の今までプレゼントらしきものは無かったが、何をプレゼントするのだろうと、思いハッと頭の中に閃く。
もしかして、『プレゼントは僕自身だよ』なんて、言うんじゃ――。完全に自分の世界に陥る私に、雅之頭を下げながら言う。
「ごめん。プレゼント……」
その雅之の言葉に正気に戻った私は冷静な口ぶりで言う。
「いいの。別にプレゼントが欲しくて、マサに誕生日だって教えたんじゃないんだから。ただ、祝って欲しかっただけだから」
もちろん、雅之がプレゼントを持ってきてなかった事は大体予測していた。朝、誕生日だと伝えてすぐに用意できるものじゃないと、私は思う。それに、雅之が「僕自身がプレゼント」なんて、言うわけもないと思い、妄想はそこで終了した。
でも、雅之が私のためにここまで来てくれたことが、私にとってのプレゼントだったとは、流石に本人には言えず甘えるように私は言う。
「でも、来年はプレゼント欲しいな〜」
「わ、わかってるよ。来年は、絶対買っておくから」
この言葉を聞き、私はホッとした。来年もこうして雅之に祝ってもらえるんだと――。
その後、色々な話をして私達は盛り上がった。特に、雅之の話は健介と言う友達の話ばかりだった。きっと、仲の良い友達なんだと私は思った。