安奈編 第十七通 ヤキモチ
雅之は私と和彦の会話に中々入って来ない。それどころか、何やら慌てている様な表情をしている。
内心、『どうにかしなくては』と、焦る私はパニックに陥りどうして良いのか分からなくなっていた。そんな私を見かねてか、和彦の方が雅之に説明する。
「俺と鈴木は同じ中学でさ」
「同じ中学……。そ、そうなんだ」
この日初めて聞いた雅之の声。何だか迷いがあり少し震えている感じがした。
それでも、雅之の声が聞けて私は嬉しさで、我を忘れていた。いわゆる、自分の世界に入ってしまったと、言う事だ。暫し沈黙が続き、自分の世界から戻ってきた私は、ハッとして口を開こうとした。その時、何処からとも無く女子生徒の声が響き、足音が響く。それに、気付いた和彦は笑いながら言う。
「やばっ! それじゃあ、俺はこれで」
右手を顔の横で軽く振り、和彦は足音とは逆の方向へ走り出す。その後、大勢の女子生徒が私と雅之の目の前を通過し和彦の後を追いかけて行く。何という凄い追っ駆け何だと、思いながら私の口は自然と言葉を発していた。
「やっぱり、和彦君はモテモテだね」
私はそう言い雅之に微笑むと、雅之は何やら焦りながら相づちを打った。
「そ、そうだね」
やっぱり、私と和彦が付き合ってると思っているのだろうか? と、私は不安になったが、それを忘れ去れる位楽しめば何とかなるはずだと、思った。
お腹の空いていた私は、雅之と出店を暫く見て、近くで売っていた焼きそばを買って食べた。味か薄く、正直あんまり美味しくないその焼きそばに本音が口から出てしまった。
「う〜ん。ちょっと味が薄いかな」
「確かに、味が薄いよ。これで、300円はちょっと……」
私の言葉に雅之はそう答えながら、焼きそばをすすっていた。焼きそばを食べる雅之の顔を見た私は、いつか私の作った料理を食べさせて上げたいと思った。そんな私の視線に気付いたのか、雅之が私の方に顔を向ける。視線がぶつかり、ドキッとした私はとっさに視線を逸らす。胸が張り裂けそうな程大きな鼓動を立てている。
そんな私に、雅之は優しく言葉をかける。
「あのさ。中庭で生徒会が美味しい豚汁を販売してるらしいんだ。行ってみない?」
「そ、そうだね。行きましょ」
雅之に軽く了承に、私と雅之は中庭へと足を進めた。しかし、中庭には大勢の客が集まっており、先が見えないほどだった。そんな列をみた私は、驚きのあまり言葉を漏らした。
「結構、行列だね」
「そうだね。どれ位並ぶかな」
「時間かかりそうだね」
行列の先を見据える私の声に雅之がトントンと相づちを打つ。
その後、暫く列に並んでいた私と雅之だったが、全くと言う程列は進まなかった。
「中々、進まないね」
「そうだね。豚汁は諦めようか?」
「う〜ん。そうね。折角だけど、今回は諦めようか」
私は残念だったが雅之と他の所も回ってみたかったので、豚汁は諦める事にした。
列を出る時、何やらキョロキョロとする雅之は、ホッと息を吐き列から抜けた。私もその後に続いて列から出た。その時、背後から雅之を呼ぶ声がした。その声は、透き通る様な女の子の声だった。
「倉田君」
振り返る雅之は、その声の主と顔を合わせる。私もすぐに振り返りその子の顔を見る。そこには、三つ編のメガネをかけた可愛らしい女子生徒が、エプロン姿で立っていた。その娘を見た瞬間にハッとした。雅之が話していた娘は彼女じゃないのだろうかと。
心の中で、私は静かなる闘志を燃やしながら彼女の顔を見つめた。そんな彼女は何事も無い様に雅之に言う。
「豚汁を食べに来たんですか?」
「えぇ……。でも、列進まないんで、他に行こうかと……」
「そうですか……。残念です」
本当に残念そうな顔でそう言うエプロン姿の女子生徒と私は目が合った。
その瞬間、私はこの娘にだけは負けたくないと言う気持ちになった。
雅之は笑いながらその娘に私を紹介する。
「僕のメル友の鈴木 安奈」
「マサのメル友の鈴木 安奈です。よろしくね」
笑顔でそう言って頭を下げた私だけど、少しショックだった。本当は、嘘でも彼女ですといって欲しかった。
私が頭を上げると、今度はエプロン姿の女子生徒を私に紹介する。
「同じクラスの篠山 美樹」
「篠山 美樹です」
美樹も私にお辞儀する。ちょっと、複雑そうな表情が伺えたが、それは私も同じだった。
その後、美樹と色々と話たが、何を話したのか私は覚えていない。いつの間にか中庭を後にしていて、雅之と屋台を回っていた。