安奈編 第十四通 胡散臭い占い師
冷夏の家から逃げ出した私は、駅の前まで戻ってきていた。
涙は未だに止まる事無く流れ出す。私は必死に涙を堪えようとしたが、堪えようとすると余計に涙が溢れてくる。駅の前は人通りが激しく、何人もの人が泣いている私を見ながら通り過ぎる。
そんな時、一人の人物が私に声を掛けた。怪しげに顔を隠した、『占』と書いた台の向いに堂々と座る人。見た目では男か女か分からないが、雰囲気から女性の様な気がした。その人は、泣いている私に手招きをしながら言う。
「さぁ、おいでなさい。悲しく泣きなさるあなたを占って差し上げましょう」
少し歳の言った様な声だが、私はこの声に聞き覚えがあった。それは、久美子の声にソックリだった。私は涙を拭き、鼻を啜りながら、その人に質問する。
「あの……。久美ちゃん……じゃないですよね?」
「久美ちゃん? はて、私はそんな名前じゃございませんが」
「そうですよね……」
そんなわけ無いかと思いながら、私は鼻を啜る。その後、台の上に置かれた水晶に手をかざす占い師。不思議な感じを漂わせる占い師に、私の涙はいつの間にか止まっていた。沈黙が続き大分時間が経つと、その占い師が言葉を並べる。
「あなたには、好きな人が居られますな。しかも、随分と変わった出会いをなさった」
「はい。確かに好きな人は居ます。でも、私振られちゃったんです……」
ため息交じりの私の言葉に占い師は更に言葉を並べる。
「振られた? あなたは告白などしてないと見えますが、それで、どうして振られてしまったと?」
「昨日、メールが来たんです。ある女の子にメール送ろうか悩んでるって……。きっと、彼はその娘の事が……」
「違いますわ。彼は安奈さんの事が好きだから、その娘にメールを送るべきか悩んだのよ」
急に占い師の声と言葉遣いが変わる。しかも、その声は冷夏の声にソックリだった。驚く私に「ンンッ」っと、喉を鳴らした占い師。少々、間が空き妙な空気が流れ出した時、占い師の声が久美子のソックリの声に変わり言葉を告げる。
「申し訳ございません。私、少々精神が不安定でして、たまに違う人格が出てしまうのです」
「そ…そうですか……」
苦笑しながら私は一度縦に首を振る。そんな私に更に占い師は言葉を続ける。
「それでは、先程の続きを……。安奈さんは、雅之からメールを送ろうか悩んでいると聞かされたのですね。そして、安奈は彼がその娘に気があると勘違いし、送った方が良いと言った」
「はい。そうです……。それより、どうして私の名前やマサの事まで知ってるんですか?」
「そ…それは……。う、占い師だからです。わ、私はあなたがここに来る事を既に知っていたのですよ」
何だか焦りの見える占い師。と、言うより本当に占い師なのだろうかと言う疑問が生まれる。そんな私の疑問に気付いたのか、占い師は喉を鳴らしながらゆっくりと話を続ける。
「あなたは、勘違いをしてるんですよ安奈さん。彼があなたに相談したのは、あなたにメールを送らないで欲しいと言って欲しかった。そして、彼はあなたが自分の事を恋愛対象にしているのか、それともただのメル友なのか、それを知りたかっただけなのです」
占い師は力強くそう発言しながら私を指差す。物凄く胡散臭い占い師だったが、その時私は既に占い師の言葉を信じきっていた。そして、『そうだったんだ。マサは私の事が……』何て、思いながら完全に占い師の事など忘れていた。今までの悲しみは何処かへ飛んでいってしまい、嬉しさで笑みがこぼれる。
その場で自分の世界に入ってしまった私が、気がついたのは久美子と冷夏に声を掛けられてからだった。
「安奈! 確りするのよ! こんな所で自分の世界に入っちゃ駄目よ!」
「フェッ? あっ、久美ちゃん。それに、冷夏」
「あっじゃ無いわよ! 急に逃げ出すから心配したら、何自分の世界に入っちゃってるのよ。心配して損したじゃない!」
「それより、私は呼び捨てなんですのね……」
呼び捨てにされた事が相当ショックだったのか、悲しげに冷夏は俯く。そんな冷夏を無視して私は笑いながら久美子に言う。
「ゴメン。でも、もう大丈夫だよ。ちょっと胡散臭い占い師のおかげで」
「ちょっと胡散臭いって……。私達頑張ったのに……」
「エッ? 何か言った?」
久美子が言った最後の言葉が聞こえず私は聞き返す。それに、久美子が苦笑いを浮かべながら「何でもない、なんでもない」と言い、冷夏の顔を見合わせる。その表情から冷夏も振られたショックから立ち直れたんだと、私は嬉しくて笑みがこぼれた。
何だかんだで、三人とも元気になり友情が生まれた。でも、冷夏がこんなにも話しやすい人だったなんて……。結構意外だった。