安奈編 第十三通 振られた気持ち
翌日、朝起きると目が充血していた。泣きながら眠りに就いたからだろう。何にもやる気が出ず、私はベッドの上に座り込んだままボーッとしていた。動かないまま数分を過した私は、ふと机に置いてある携帯に目が行く。『マサ、メール送ったかな?』と、思いながら私は深くため息を落す。
もう一度ベッドに倒れこんだ私は、枕を抱いた。こんな気持ちになったのが、初めての私は、昨日の事を思い出すと自然と涙が溢れた。暫く、泣いていた私は部屋をノックする音に、体を起こす。
「安奈〜っ。まだ〜っ?」
ドアの前から聞こえる久美子の声に私はハッとする。久美子は、毎日私の部屋の前で私が出てくるのを待ってくれている。まぁ、休む時などは一度顔出して、体調が悪いから休むなど一言言うけど、今回は完全に忘れていた。時計を見ると既に八時四十分を回っていた。
やってしまったと、私は頭を抱えた。そして、久美子に謝ろうとベッドから立ち上がり、ドアを開く。
「ゴメン……。今日は学校……」
「安奈! 今日一日、私に付き合って」
「へっ?」
「良いから、早く私服に着替えて、制服のままだとまずいでしょ!」
「あっ……」
久美子に言われて、私は自分が制服姿だと言うのを思い出した。あれが、ショックで帰ってきてからずっと部屋で泣いていたため、着替えもしていないのだ。
充血した目を隠す様に私は久美子から目をそらし、ゆっくりと言う。
「ごめん。シャワー浴びるから、少し中で待ってて」
「シャワー? 別に良いけど……」
制服姿の私を見ながら不思議そうな顔をする久美子は、イソイソと部屋の中に入る。着替えを持ち、風呂場へ移動した私は、昨日の事を忘れるために、シャワーを頭から浴びた。でも、忘れる事など出来ず、逆に昨日の事を思い出し涙を流す結果になった。
一通り落ち着きを取り戻した私は、体を拭き私服に着替え風呂場から出てきた。気分はあんまり良くないが、久美子に心配掛けまいと、私は精一杯の笑顔を見せ言う。
「ゴメン。待った?」
「大丈夫よ。さぁ、行きましょう!」
「行くって、何処に行くの?」
私服の久美子に私は問う。暫し黙り込む久美子は、私の目をジッと見る。そして、ゆっくりと口を開く。
「目が充血してるよ。何かあったの?」
「エッ、ううん。何でも無いよ。ちょっと寝不足なだけ」
不意を突く久美子に私は笑いながらそう言った。冷夏の事でただでさえ元気の無い久美子に、私の事で元気を無くして欲しくないと思ったのだ。
『そうなの?』と、久美子は半信半疑で私の事を見つめる。この場を切り抜けるため、私は必死に話題を変える事に。
「そ、それより、行く所があるんでしょ。急ぎましょう」
「あっ、そうだった。早くしないと電車が!」
「電車? 乗るの?」
「うん。電車乗るよ。さぁ、行くわよ!」
行き先も聞かず、私は久美子に連れられ電車に乗った。大分空いている電車に揺られる私と久美子に会話は無い。互いに考え事をしていたからなのかも知れない。数十分後、私は久美子に言われるがままに電車を降りた。
「ねぇ、久美ちゃん。何処に行くの?」
「ここまできたら、教えても大丈夫かな」
そう言って、恥かしそうに頭をかく久美子は、何処へ行くのかを私に教えてくれた。聞いた時は『本当に行くの?』なんて思ったが、これで久美子が元気になればそれで良いと私は思い直した。
駅を出て私は久美子に連れられ歩き続けた。結構な人通りのある街道を私はキョロキョロを見回す。初めて来た場所だからか、私は何だかワクワクしていた。
暫く歩き、私と久美子は豪勢な屋敷の門の前で立ち止まる。
「ここが、冷夏の家よ」
「うわ〜っ。すご〜い」
「さぁ、感心してないで行くわよ!」
「エッ! ちょっと、何で私が先頭!?」
私の言葉に聞く耳を立てず、久美子は私の背中をおして門をくぐった。広い庭は緑が一杯で、大きな噴水が中央にある。いかにもお金持ちの家と言うのが感じ取れる。その庭を暫く進む私と久美子に、巨大な物体が横から襲い掛かってきた。
「キャッ!」
完全に、巨大な物体に押し倒された私は目を堅く閉じた。すると、ザラザラとした舌が私の頬をなめる。目を堅く閉じたままの私は、必死に顔を左右に振り抵抗する。そんな私の耳には久美子の声が聞こえた。
「コラ〜! 安奈から離れろ!」
何度もそう怒鳴る久美子の声を、無視し私の顔をなめ続ける。その時、堂々とした態度の声が響いた。
「レオ! お止めなさい!」
その声に私の上に乗っていた物体は大人しくなり、私の上から退いた。暫く目を閉じたまま動けない私に、久美子が声を掛ける。
「安奈……。大丈夫?」
「ウウ……。大丈夫じゃないよ……」
「ごめんなさい。レオはじゃれてるつもりだったのよ。悪気があるわけじゃないわ」
冷夏の言葉に、私は薄ら目を開ける。心配そうな表情の久美子と、少し離れた場所に暗い表情の冷夏の姿。その隣には巨体の犬が舌を出したまま、私の事を見つめていた。そう。私にいきなり飛びついてきたのはあの巨体な犬だったのだ。
「犬……だったの……。本気で驚いた……」
「私も一番最初に来た時はあの犬に襲われたわ」
「あっ、じゃあ、知ってて私を先頭に!」
「当たり前でしょ。あんな巨体の犬に押し潰されたくないもん」
当然といわんばかりにそう言い切る久美子に、私は少し呆れた。友達を犠牲にするなんて……。
やけに大人しく私と久美子の会話を聞く冷夏は、小さな声で冷たく言い放つ。
「何しにいらしたの? あなた方学校はどうなさったの?」
「あんたこそ、いつまで引き摺ってるつもり?」
冷夏にそう言い返す久美子の表情は、とても寂しそうだった。だが、そんな久美子に冷夏が冷たい言葉を言う。
「引き摺る? 私が何を引き摺るというの?」
「引き摺ってるじゃない! 一度振られただけでしょ!」
その言葉に冷夏の表情が強張り、大声で怒鳴る。
「あなたに何が分かるっていうの! あなたに、振られた私の気持ちなんて!」
「あなたが辛いのは分かるわ!」
私は冷夏に言葉を発していた。殆ど無意識の内にそう叫んでいたのだ。その後も、私は言葉を続けた。
「でも、告白して振られたなら良いじゃない。告白しないで振られる事がどんなに辛いか。好きな人に恋の相談されるのが、どんなに辛いか!」
「安奈……」
私の事を心配そうに見つめる久美子。私は知らず知らずに涙を流していた。私の言葉で久美子も冷夏も黙り込んだまま、それでも私は言葉を続ける。
「告白して振られたなら、彼もあなたの気持ちに気付きいつか振り向くかもしれない。でも、告白も出来ずに振られたら……。その気持ちも分かってもらえないまま……」
その後は、何を話したのか覚えていない。ただ、その場を走り去ったのだけは覚えていた。