安奈編 第十一通 月とスッポン
久美子が大騒ぎしていた昼休みから随分と時は経ち、私は久美子と一緒に下校していた。空は紫紺色に染まり、幾つか星が輝く。そんな夜空を見上げながら、ふと思う。『マサと一緒にこの夜空を見られたらいいな』なんて。
そして、一人想像を膨らましている私に、久美子が声を掛ける。
「安奈、ちゃんと前見て歩かないと……」
その言葉の直後、私は電柱にぶつかった。その場に蹲り額を押さえる私の横に立ち止まった久美子は、呆れた様に笑いながら言う。
「ほら、ちゃんと忠告したのに」
「遅いよ……。ぶつかる直前じゃあ、意味無いって……」
「普通、気付くでしょ。目の前に電柱があるの位」
「うう……。完全に自分の世界に入ってたんだもん……」
「自分の世界って……」
私の発言にため息を吐き、右手を額に当てる久美子。そんな久美子を見て、頭を押さえながら私は笑った。
暫くの間、少し赤くなったオデコを右手で押さえながら、久美子と並んで寮へと向う。その間、幾度と無くため息を吐く久美子が心配になり私は恐る恐る訊いてみた。
「どうかしたの? ため息ばっかり吐いちゃって……。悩みなら聞くよ」
「別に悩みって訳じゃないんだけどさ。冷夏が心配でさ」
「冷夏が? どうしてまた。今朝はあんなに言い合ってたのに」
そう。今朝も久美子と冷夏は言い合っていた。今朝と言うより、二学期が始まってから殆どと言っていいほど、朝は言い合っている。しかも、私の部屋の前で……。
そんな私の声に、久美子は少し照れ隠しの様に笑いながら、答える。
「だってさ。冷夏って、自分から告白するの初めてだし、ましてや振る経験はあっても振られるのって初めてだし……。それに、冷夏って結構傷つきやすいんだよね」
「そうなんだ……ンッ? 久美ちゃんが何でそんな事知ってるの?」
私の唐突な質問に、目を丸くする久美子は、首をゆっくり傾げて言葉を発する。
「あれ? 言ってなかった。私、冷夏と同じ中学で、結構仲良かったんだよ」
「エッ?」
久美子の言葉に耳を疑う。毎朝というほど言い合っているのに、仲が良かった? そんな言葉を信じられるわけがなかった。そんな私に、微笑みながら久美子は更に言葉を続ける。
「高校ではクラスが別々になって、互いに新しい友達も出来て会話とかしなくなっちゃったけど、それでも心配なんだよね」
「会話はしてないけど、言い合ってるよね。しかも、朝っぱらから」
「あれは、挨拶みたいなものよ。ほら、面と向うと何だか恥かしいじゃない。だから、あんな言葉ばかり交わすの」
「そう言うものなのかな?」
軽く首を傾げる私に、「そう言うものよ」と笑いながら言う久美子に、私は何と無く納得した。そんな私に久美子は一枚の写真を取り出し見せる。その写真には金髪の少し感じの良い顔つきの男が映っている。
「これ、誰? もしかして、久美ちゃんの彼氏?」
「こいつが、冷夏を振った男。桜田 博隆よ」
「へ〜っ。でも、どうやって写真手に入れたの?」
「ンッ? 裏ルートで譲ってもらったのよ」
流石は久美子。その入手手段は簡単には教えてくれない。と、言うよりその情報網が凄すぎる。なるべく、久美子は敵に回したくないと密かに思った。けど、そんなに凄い情報網があるなら、報道部にでも入ればよかったのに……。
それから、暫くして久美子が言う。
「それで、どう思う?」
「どうって? 別にどうも思わないけど……。でも、皆がキャーキャー言う程、カッコよくは無いよね。私的にはマサの方が……」
「あんたの目は、どうかしてるわ……。博隆とあんたのメル友じゃあ、月とスッポンよ」
私が最後まで言う前に久美子が馬鹿にする様に答えた。何と無く意味は分かっていたが、少しでも抵抗しようと私は言う。
「そうだよね。マサに比べたら、スッポンだよね」
「違うって、そのマサって言うのがスッポンなの。大体、分かってて言ってるでしょ?」
「うう……」
私だってそう思ったけど、認めたくないし、実際私からすればマサの方が何倍もカッコよく見える。それに、見た目が全てじゃないと、言いたかったが涙を堪えるので精一杯だった。そんな私に、久美子が慰めるように声を掛ける。
「まぁ、あんたにとっちゃマサが一番かも知れないけど、他から見れば確実に博隆が良いって言うわよ」
「いいもん。私の中で一番なら」
「あんたは子供か……」
子供の様な発言ばかりする私に、業を煮やす久美子はため息を吐き頭をかく。それから、暫くは久美子と口を利かず、互いに言葉を交わしたのは寮についてからだった。
「それじゃあ、また明日」
「うん……。また明日……」
と、言葉を交わし私は部屋に入った。