第九十五話 増える仲間の影を追え
集団で転入生が入る、そんな話を何処から入手したか知らないが籐下がクラス中で触れ回っていた。その話しを聞く限りでは5人入ってくるらしい。やはり一体何処からそんな情報を手に入れ来るのか気になるが詳しくは全く言おうとしない籐下。にやりと笑ってそれだけ。
教師が室内に入ってきてクラスの連中を静かにさせる。
「はーい、静かに~。まぁ誰かさんのおかげで知っているとは思うけど転入生が来たよ。うちのクラスに一人、明日から来るからな~」
半ばやる気のない教師のことばにざわついて楽しそうに話をしているのを耳にする。
そんな話を聞いてから翌日。学校に着くと教室が騒がしい。どうやらこのクラスに転入してくる者が女子であるということで盛り上がっているようだった。そこへ教師が突入。一層騒がしくなる。教師の後ろを恥ずかしそうに付いてくる一人の少女。茶色の少し入った黒い髪は外側にはね、肩にかかるほどの長さ。綺麗に揃っている前髪は少し長めで穏やかそうな瞳にかかっている。ぺこりと頭を下げて自己紹介をする。
「五木紫火といいます。よろしくお願いします」
綺麗なかわいらしい声で自己紹介をする。そんな彼女に釘付けになったのは何もクラスのあほな男子だけではなかった。名を聞いて釘付けになった薪と穂琥と儒楠。それからすぐに薪は視線を外して窓の外へ目をやる。穂琥は未だに彼女を見詰め、偶然ってあるものだな、と思考する。儒楠も同じ様な考えを持ち、頬杖を付いて先ほどまでと同じ姿勢をとる。
教師の指示で薪の隣に彼女が座る。ぺこりと挨拶した彼女に薪も軽く頭を下げた。
ホームルーム後、穂琥が彼女の元へ駆け寄る。他の人たちも集まってきてあっという間に人だかりが出来た。それが鬱陶しくて薪は席を立つ。
「五木さんって何処から来たの~?」
「こんな時期に転入って珍しいね?」
何人かが重なって喋るので五木紫火はどこか困ったように笑った。
「あ、紫火で良いですよ」
柔らかい笑みでそういう。
「五木さん!隣の奴には気をつけてね!これ、怒ると本当に怖・・がふっ」
穂琥が楽しそうに語っている最中に薪から制裁が下る。
「・・・ね・・・・」
「あ、あはは・・・っ。面白いっ」
目元を和ませて笑う。穂琥も一緒に笑う。
「でも苗字じゃなくて名前で呼んで」
「ん~・・・紫火、さん?」
「紫火だけでいいわ」
「ん~・・・」
穂琥は困ったように笑う。それに首を傾げる紫火。周りにいる人たちも少し疑問そうな顔をする。
「ん?薪、どうした?」
立ち去ろうとする薪に籐下が呼びかける。様子が少しおかしいというと薪は少し不機嫌そうに顔を背けてそれから仕方ないかという風に紫火のほうへと歩み寄って机に手を付いて紫火に言う。
「あんた、それ偽名か?」
突如言われたその言葉に紫火は目を丸くした。無論、クラスメイトも同じこと。突然そんな事を言い出してクラスがしんと静まり返ったので儒楠が小さく笑ったのがよく聞こえた。
「いや、ごめん。あまりにも突然だからすげーなって・・・」
含み笑いをしながらそういう。
「ふん・・・なぁ?五木さん」
「紫火でいいですよ」
「・・いや、悪いけどオレにそれを呼ぶことは出来ないから我慢してな」
薪がそれを否定する。紫火はさらに首をかしげた。
「えっと、五木紫火、正真正銘私の名前ですよ」
紫火が言う。薪は肩を落として息を吐き出す。
「恐れ多く、そんな名前をお前の両親がつけるとはとても思えない」
「・・・え?」
薪の言葉に軽い殺気が込められていることに穂琥と儒楠は気づいた。己にとって大切な存在であった『彼女』の名を持っていることが果たしてどうしてそこまで許せないことなのかは理解しがたかった。
「お前、眞匏祗だろう?」
「え?!」
薪の言葉に素直に反応したのでそうだと断定できる。
「眞匏祗が紫火なんて名前をつけるかねぇ~?アンタが生まれたくらいの時代にさ」
薪が言う。儒楠はこの言葉でやっと薪が殺気を込めている理由がわかった。別に『紫火』という名前が悪いわけではない、ただ単に彼女が偽名を使っているからその怪しさに殺気を持っていたんだと気づく。
この五木紫火と名乗る少女と薪とは同じ年齢。そう考えると、無論彼女が生まれたときには『彼女』が存在し、当時絶大なる存在であった。そして『彼女』が隣にいた『彼』の存在が『彼女』と同じ名をつけることを許したとはとても思えない。だから偽名である可能性が高すぎる、ということだ。
しかし全くこの話についてこられない地球組みは混乱し、ついに籐下が切り出した。
「薪、あの、その・・・『紫火』って何・・・?」
「ん?あぁ・・・」
薪は説明をする。
眞匏祗には絶大なる存在がある。絶えず頂点に君臨し眞匏祗の世界を良くも悪くも仕切る絶対の存在。それが『愨夸』であることを。当時では絶対には向かってはいけない、決して踏み込んではいけない禁断の領域。眞匏祗で最高峰の力を有したもの。そしてその愨夸の妻、地球で言う、王妃となる者の名が紫火だ。
つまり。紫火は薪と穂琥の母の名。そう簡単に呼べるわけもない。
「紫火様はいい方だったな」
「そうだな、愨夸とは違ってな」
「それ言うなって」
儒楠の言葉に薪が嫌味を込めて答えたので苦笑いで返す。そして薪は紫火へと視線を動かす。
「さぁ、なぜここへ来た?そんな挑発的な名を以って」
「・・・別に・・・・深い意味はないわ。それに本当に私の名ですもの」
紫火の目が少しだけ震えていた。薪はそうか、とだけ言ってまだ一時間目も始まっていないというのに帰るといってかばんを持って教室を出て行ってしまった。
「あ、おい!じゃぁオレも・・・」
「お前は残れ。穂琥、頼む」
儒楠の言葉を聞いてドアの向こうから薪の声が聞こえた。
「くそ・・・」
不貞腐れたように儒楠は椅子に腰を落とす。
「穂琥、頼むって・・・?」
クラスの誰が儒楠に尋ねた。
「ん?あれじゃね?五木と同じ空間においておきたくないんじゃね?」
「え・・・ちょっと、そんなひどい言い方・・・」
「悪いね~?オレ結構口悪いよ?教育ちゃんと受けていないしね。とにかく。オレは紫火様の名を名乗るそれがいやなんだよ。まぁ、薪の場合は理由が違いそうだけど」
儒楠の言葉にみんなは何もいえなかった。にこやかに笑う儒楠の隣で小さく穂琥は呟いた。
「お母様・・・」