第九十四話 苦手を駆使する力を得よ
薪はぐっと背筋を伸ばした。窓からは朝の日差しが差し込んでいる。それをぼんやりと見詰める。ここ最近と、神の降臨が多すぎる。だからそれを敏感に感知する薪にとっては相当堪える事だった。しかしながら、儒楠のことを思うと、昨日、あれほど長い間を神と対話していたことを考えると少し不安を煽る。
いつまでもぼうっとしていても仕方ないので薪は立ち上がり部屋を出る。丁度そこで穂琥と鉢合わせする。
「おう、おはよう。珍しく早いな?」
「うん・・・なんか目が覚めちゃって・・・」
どこか眠そうに穂琥は答える。この感じだとどうやら穂琥も神気に中てられてしまっている様子だった。穂琥の様子をちらりと窺っていると、一階のほうから儒楠の叫び声が聞こえた。薪と穂琥は焦った表情で顔を見合わせて薪が一歩先に駆け出した。
「儒楠!どうした!?」
声のした部屋へ飛び込む薪。その後に穂琥が入ってくる。
「あ・・・いや・・・あの・・・あれ・・・あの・・・・」
最早何を言っているのかさっぱりわからないが儒楠がしどろもどろしている様子を見て薪は焦った顔から急に真顔になった。
「儒楠君!?どうしたの!?平気?!」
「いや・・・落ち着け、穂琥」
薪が諭すように穂琥を制しさせる。困惑気味の穂琥を置いて薪は儒楠の元まで歩み寄ると物凄い勢いで儒楠の頭に鉄拳を落とした。
「いっ・・・っつ・・・・。はい・・・すいません・・・声を殺したつもりなんですが・・・」
「声を殺すの意味をそこの辞書で調べてからもう一度言え」
「はい・・・すいません・・・」
萎縮する儒楠に薪がため息をつく。その様子から全く状況の察せない穂琥はただ固まっていることしか出来なかった。
「で?何処に行った?」
「いや・・・その・・・出いてきました・・・・」
「あそ・・・」
あきれ返った薪が腰に手を当てながらため息。
「あ・・・あの!何!?」
混乱していた穂琥がついに怒気をはらんで声を上げた。儒楠はひどく申し訳無さそうに苦笑いをしているし、薪はもうどうでもいいみたいな呆れ顔だし、穂琥はその状況がわからず不貞腐れる。
「いや、その・・・本当情けない話ですがね・・・」
儒楠が頭をかきながら笑う。ただ、ひどく引きつって。
「はん。コイツはね、尋常ではないくらい虫嫌いなんだよね」
「はい・・・・蝶が・・・蝶が・・・・」
「え!?ちょうちょう!?かわいいじゃん!?」
「は?!何処が!?アレの!?アレの何がいいって?!え!?」
「え・・・・」
予想だにしていなかった儒楠の声に驚いて言葉を失った穂琥。額に手を当てて呆れる薪。
「おい」
「あ・・・・ごめん・・・」
薪に制されて儒楠はやっとこ正気に戻る。
「ったく。蝶如きで絶叫は止めてもらえるかな?こっちはかなり肝が冷えたぞ」
「すみませんでした・・・・。いやでもこっちだってかなり冷えたぞ・・・・」
「虫ね~」
薪は遠い目をしながら儒楠を見た。それから傷口開くようで悪いけど、と付け加えて儒楠に質問をする。
「お前、餓鬼のころ長いこと路上生活だろ、あんなとこで。なんでダメなんだよ」
「いやぁ、最初はほら、冬で虫いなかったし多くなる頃にはすでに発狂していたからよくわかんねぇわ」
「もうお前・・・・いいわ・・・」
薪は諦めたように肩を落とした。それから儒楠がいざ、敵に回ったときを考えて倒すのが楽そうだとぼやいた薪だった。