表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眞匏祗’  作者: ノノギ
91/123

第九十一話 禍しき思いの全てを此処に出せ

 先ほどから儒楠が不機嫌です。


 昨日、クラスメイトから追いかけらる羽目となったことが原因だが、そもそもを辿ると薪が姿をくらまし、儒楠が薪であると思われてひどく長い時間追いかけられたのが原因。


 妙に不機嫌で妙に怒る儒楠に違和感を覚える穂琥。薪としては大変申し訳なさそうな顔をしている。儒楠がここまで憤慨するとは穂琥としてはあまり思っていなかったことだから意外で仕方なかった。ある程度文句を言い募ったのち、儒楠は部屋に引っ込んで行った。


 部屋で頭を抱える儒楠。自分のこの気色悪い怒りをどうにかしたくて堪らなかった。わかっている、わかっているのに。どうしても止めることの出来ない憎悪が自分を取り巻くようで吐き気がする。それでも。


「むかつくな・・・」


ボソッともらした声を誰も聞かないであろうと思っていた。しかしそれに呼応する声がある。


「お前、それをそのままにしていたら壊れてしまうぞ?」


神聖且つ、絶対不可侵の壮絶な気配。儒楠は目を見張った。目の前に現れた深い藍色をした髪の女性に眼が釘付けになった。それと同時に背筋が凍るような感覚に陥りしばらく間硬直していた。


 突如儒楠の前に現れた『運命を司る神』。名を簾堵乃槽耀、通称、簾乃神。美しい紅蓮の瞳を輝かせて真っ直ぐに儒楠を見る。その苛烈な気配に押し負けてしまいそうなほどその光は強かった。


「お前、エンドの小僧に感謝の思いを抱いている反面、憎悪を覚えている。それを野放しにしておくとお前、壊れるぞ」


頬杖を着いてそういう簾乃神に、儒楠は口を結んで考えた。一体、何故簾乃神ともあろう存在がここに着たのか。自分に何を伝えたいのだろうか。小さな存在である自分に今のことを伝えるためにここに来るとはとても思えない。


 簾乃神は相変わらず不敵の笑みを浮かべて儒楠を見据える。その瞳がどこまでも強くどこか羨ましさを覚えた。


「何をそこまで苦しむ?言うてみよ」


簾乃神にそういわれ今まで考えていたことが全て吹っ飛ぶかのように儒楠は口を動かした。神を前に余計な思考はできない。別に神を目の前にしているから、という感情的な問題ではない。本能で勝手にそうなってしまうだけのこと。隠そうとしてもおのずと隠すことを忘れてしまう。それが『神』という存在なのかもしれない。


 昔から互いに似ていた。声も容姿も。違うといえば性格と力か。ともかく、見た目で差が付くような物は何もなかった。別にそれ自体においてはどうでも良かった。むしろ憧れた存在と瓜二つであることがどこか嬉しかったことは違うことのない事実だ。


 似ている、とよく言われる。それは当たり前のことだ。自分のほうが知名度が低い。低いなんて物ではない。何せ相手はあの偉大なる『愨夸』だ。力も知恵も努力も。何もかも上だということは良く知っているし僻むつもりもない。それでも。全てが劣っている自分だからこそ、見た目が全く同じだからこそ、恐れていることがある。いつかそうなってしまうのではないかと恐怖に震えることがある。


「なるほど。悲痛よの、その心。いつか愨夸に『喰われる』かも知れぬということか」


儒楠は無言で頷いた。


 偉大なる愨夸。それとなぜかよく似ている自分。だからこそ、その『愨夸』という存在に自分が消されてしまうのではないか、そう思うと恐ろしくて堪らない。自分は自分であると確証を持って言えていたのはいつまでだったか?


「オレは・・・薪の影であるべきなのに・・・」

「誰がそれを決めた?」

「・・・?」


簾乃神が低い声でうなるようにそう言う。


 それをそうだと決断したのは己自身。誰もそうと決めていないし愨夸である薪もそれを望んでなどいないはず。自分で自分を押し込め封じてしまっているのは儒楠自身。


「お前はあやつと会えたことを後悔しているのか?してなどいまい」

「はい」


簾乃神は思った以上に強かった儒楠の肯定ににこやかに笑った。その美しさはこの世の物とは思えないものだった。いや、この世の存在ではないのだけれど。


「ならば良いではないか。周囲のことなどどうとでもしておけばよかろうに」


簾乃神の言うことは良くわかる。しかし、それでもどこか納得が行かない事だって。


「それよりも。お前、相手は愨夸だぞ?何をそこまで僻む?」

「・・・・っ」


僻む。そんなつもりはない。ただ、どこかで負けたくないと思っている。そういうことだ。


 薪は確かに愨夸だ。変わる事のない事実だ。でも、儒楠からしてみれば薪は愨夸である前に朋だ。ライバルなんて呼べるほど簡単な物じゃない。強い力、想い。何においても遥かに勝っていることくらい知っている。それでもなぜかどんなに力の差があれど負けたくない意思が自分の中で渦巻いている。


「ふふ。それが朋、か。面白い」


簾乃神は喉を鳴らすように笑った。己が実際、本当に消えてなくなってしまうわけでもあるまい。そこまで必死になる理由何か、簾乃神はそう尋ねる。儒楠はぐっとこらえるように言葉を発する。


「愨夸より・・・上に行くなんて事は出来るわけない。その『素質』がなければありえない。わかっている・・・・わかっているけど!オレは薪と比較されるのがいやなんだ!!」


段々と声が荒げてしまっていたことに言い切って気づいて口を覆う。神の御前で何たる醜態。儒楠は萎縮した。


「ふふ。神なんぞ、そんなに敬う存在ではないのだよ、眞匏祗」

「・・・?」

「お前たちの全てを操ることができるわけでもない。ただ少しだけ力を有しているだけのこと。偉ぶるつもりもないのだがね?」


愉しそうに笑う簾乃神はどこか無邪気な子供に見えた。


「構うことなどない。好きに吐き出せ。言うてみよ。お前の心を」


簾乃神のその言葉に儒楠は深く息を吸って大きく頷き肯定した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ