第八十八話 呪詛の壁を叩き破れ
歩いている最中、後ろから着いてくる集団に文句を述べる薪。彼ら的には霧醒だけに『魔法』を見せることが気に入らないらしい。しかしながら薪としては眞稀を放出するところは霧醒にすら見せるつもりはない。そんな事を玄関前で言い争いをしていたのでそれを収めて中に入る。
「ん・・・?」
「どうした?儒楠」
「いや・・・」
籐下に問われるが儒楠は言葉を濁した。視線の先には薪の背中がある。いつもとどこか違う、漂ってくる雰囲気。どこか呆けているようにも見えるのだが。クラスの連中もそれに気づいて薪に問いかけると薪は心ここに在らず、といった風に回答を述べた。
「いや。別にぼうっとしているわけじゃなくて。今ちょっと取り込み中」
そういってまた黙り込んでしまった。気になった籐下が儒楠へそっと尋ねる。儒楠はそれの回答に少しだけ困った。ここまで相手が気配を消しているのは恐らく人間がいるから。しかし、人間程度に気配を気取られるようなことはまずない。だとすると・・・と思考するとどうにも言いよどんでしまう。
「いや、よくわからないけど多分会話していると思うんだけどね」
「会話・・・?」
首をかしげた籐下に儒楠はそれ以上は何も言わない。ひとまず薪が動くのを待つべきだと判断する。
案内されて霧醒の妹の眠る部屋へと入る。そこには、ぐったりと浅い呼吸をする少女の姿。その様子を見た薪の眼が僅かに殺気に似た気配を漂わせたので儒楠は少しだけ身を引いた。
「うわぁ~・・・これは深刻そうだね・・・」
穂琥がその様子を見て表情をゆがめた。儒楠としては療蔚ではないからどの位危険でどの位平気なのかの判断は出来ない。が、薪の表情を見てこの病は『療蔚』の分野ではないということを悟る。
「何とかしないとだね・・・。私やる・・・?」
「・・・いや、オレがやる」
「え?」
薪が彼女の枕元に腰を下ろす。その眼はひどく警戒している。そして少しだけ様子を見ると薪はその場にいる全ての者を部屋から出るように促す。無論、穂琥も儒楠も例外ではなかった。
「誰も部屋に入れるなよ」
「鶴の恩返し?」
「仇で返してやるよ。いいから、入れるなよ」
「了解です」
薪と穂琥の下らないコントも一瞬で終えてさっさと部屋から出る。
部屋から出された意味がわかっていない連中に穂琥がそれなりの説明をする。するとそこにいる全員の顔がきらきらと輝くのが見て取れた。あ、これは嫌な予感。
「見たい!!」
みんながそう叫んで部屋に押し入ろうとするので穂琥が一生懸命止めようとするが数が多いので止めきる事ができない様子に仕方なく儒楠は小さくため息をつく。
「なぁ、何で眞匏祗が怖いって薪がお前らに教えたと思う?」
「え?」
儒楠が柱に寄りかかりながらそう尋ねた。それに反応したクラスの連中。儒楠の眼は鋭くヒトを見る。
「危険だからって言った。人なんて簡単に殺せるだけの力を有しているから。だがそもそもなんでそんな話をしなければならなかったと思う?」
力だけで言うのであれば人間だって赤ん坊と大の大人では随分と違う。大人は簡単に赤ん坊を殺せるだろうけれど、大人は危険だと、赤ん坊に教えるわけもない。ならば何故薪は眞匏祗が人間にとってそこまで危険だということを演技までして教えたのか。その問いに戸惑うのは人だけではなかった。穂琥自身も、人間としての生活が長かったのが原因してか、その真意は確かにわからなかった。
「教えてやる」
もたれていた柱から離れて扉の前に移動した儒楠。そして左の脇に右手をかざす。そして何か見えないものをつかむ。ゾワッとする感覚が穂琥に来る。これは紛れもない殺気だ。儒楠はそこから刀を抜き取る。鋭く光る刀身は淡い海色を放っている。その場にいる全員がその行為に驚きと戸惑いを覚えた。
「眞匏祗って言うのは本来、人間が大嫌いなんだよ?」
大勢を前に刀を突き出す儒楠の行動に流石に全員肝を冷やした。これは冗談か?そんな戯言すら言わせてくれないその圧迫する空気に息を呑むことしかできない。
「まー、別にオレがお前さんらを嫌いって言っているわけじゃないんだよ?でもあんまり調子に乗っていると、幾らなんでも斬っちゃうよ?」
にこやかなしかし凍ったような笑顔に全員が引きつった笑みになる。全身全霊をかけて謝罪したいだろうが恐怖で身体が動かない。
「ちょ・・・・ちょっと儒楠君!!止めてよ!そんな・・・ちょっとやりすぎ・・・」
「ん?まぁ、このくらい脅しておけば薪に後でオレらが怒られることもないっしょ」
「いや・・・でも・・・」
「それに別にオレは好かれようとはしていないからいいよ、このくらいの立ち位置で」
「えぇ・・・・」
穂琥の焦ったような不安なような顔を見ながら儒楠は小さく笑う。本当に人間が好きなんだと思う。いや、全て、なのかも知れないけれど。