第八十五話 その力の恐怖を噛み締めろ
薪がかざした刀にその相手は微動だにしない。教室内がひどく静かになって耳鳴りがするほどだった。そんな中、クラスの中で気持ちが高ぶっていくのを耳にする。
「おお?!すごい!?」
「なに!?今のが魔法使い?!」
「薪って魔法使い?!」
どよめく室内に薪は小さくため息をつく。そして刀を持つ手とは逆のほうを腰に当てて少し面倒くさそうな顔をする。
「近いが否定しておく」
薪はそういうとクラスの中で歓喜が起こる。しかし、ふっとある女子が薪に尋ねる。
「ね・・・その人は・・・?」
みんながはっとした空気を出す。首元に刀を突きつけられてじっと動かないそれ。薪はそれを一度眼にしてからクラスの連中に視線を戻す。そしていかに眞匏祗が『人間にとって』危険であるかを説明する。人の命を消すことなど、眞匏祗にとってはひどく簡単なことであること。そしてそれに対して眞匏祗が躊躇をしないこと。いや、最近はやっと躊躇うようになってきたのだが・・・。
「じゃぁ・・・そいつはおれたちを殺しに来たのか!?」
一人が震えながらそういう。それに薪は回答しない。することが出来ない。押し黙る薪に掛かる声。
「いいんじゃね?もう。空気は変わったさ」
「だな」
そう聞こえた声に薪が答えるが、クラスの中ではどよめきが起こる。今の会話は確実に薪が一人で言っているように聞こえたからだ。しかしそんな事も気にせずに薪は刀をしまう。そして座り込んでいる相手へ手を差し伸べる。
「お、おい・・・?薪?そいつはオレたちを・・・」
「ん~、眞匏祗って怖いだろう?」
「え・・・?」
薪の切り返しに教室内がしんと静まる。
人間も眞匏祗も。何も変わる事のないただこの広い世界の固体であること。何も変わることなんてないのだ。悪い奴もいればいい奴もいる。強い奴もいれば弱い奴もいる。ただ、それらが示す規模が、人間と眞匏祗では異なるだけのこと。それだけ理解できれば基本的に問題はない。
「ま、だから眞匏祗が便利で愉快な『魔法使い』ではなない、ってことさえわかってもらえればこいつの働きは十分ってところかな」
立ち上がって服をはたいている乱入者。そしてそれが文句を述べる。
「つうか、お前、マジでやりすぎ。死ぬかと思った」
「何を言っているのさ。オレはかなり楽しませてもらったよ」
「そういうのがダメだっていうんだよ・・・。場を持たせるのにどれだけ苦労したと思ってんだよ、アホ」
「ははは」
「笑うな」
この会話で非常に室内が緊迫した。そしてそれを感じ取った薪はクラスになんだよ、と文句を言うように眼を細める。
「いや・・・薪・・・腹話術でもやってんのかな・・・って・・・」
一人がそう言って少しだけ考えたような顔をする薪。場を見かねてずっと黙っていた穂琥がそっと薪に援護を入れる。
「ほら、薪と儒楠君、声もあれもそれも、何もかも似ているから・・・」
「あ~なるほどなぁ~」
若干棒読みチックになっている薪の言葉に戸惑う教室内。薪は儒楠にかぶっていた深いフードを取らせる。そして出てきたのはまるで双子のような、いやむしろそのもののようなほどそっくりなもう一人の薪。
「ふ、双子?!」
獅場が驚いたように声を上げた。薪はそれを少しだけ考えて答えた。
「双子がいるって言うことに関しては否定は出来ないがこいつは肉親じゃない。名前は・・・」
「儒楠」
薪の後に儒楠が続く。なるほど・・・といった風な空気が流れる。そして気づく新しい事実。
「え、薪双子いたの・・・?」
「いたの、って過去形かよ。今でもいるわ」
クラスがそれの回答を待ち望むので仕方なく薪は己の双子にして妹の穂琥へと視線を動かしそれだと伝えるのだった。