第八十二話 己の企図を見定めろ
一体どのようにして「入学」を手に入れ来たのか知れないが、薪はいつの間にか学校長から入学許可を入手して戻ってきていた。さすがに己の兄、朋であっても恐怖を抱く穂琥と儒楠だった。
「さて。いきなりだけど。明日から登校するからな」
「は、はい・・・」
「すばやいなぁ~・・・」
「こういうことは迅速に」
薪はそう言ってさっさと仕度を始める。穂琥もそれに習って仕度をすることにした。それを不思議そうな顔で見物する儒楠。
そうして翌日、薪と穂琥は新たな学校生活というものの中に身を投じる。
「おはよう!今日から登校か?思ったより早いな?」
「そうか?早急に、って思わなかったのか?」
「ん~・・・。それもそうだな。学校では薪と穂琥ちゃん来るってみんな楽しみにしているぜ?」
「いや、なんで知っているんだよ・・・」
「それを知らせるのがオレの仕事!」
「やな仕事・・・」
呆れたような表情をする中にどこか楽しそうな表情を浮かべる薪。それを受けてさらに嬉しそうな表情をする籐下。
果たして薪は一体どんな存在なのか。眞匏祗、ということくらいは知っている。色々理解できないことはたくさんある。それでも薪を信じているから眞匏祗というのは信じるし、疑うつもりもない。でも。それだけではないことを籐下とて薄々気づいている。穂琥のほうはどうか知らないけれど、儒楠のほうが確実にそういう『目』で薪を見ている。薪が一体何を隠して何をしようとしているのかなんていうのは一切わからないし、知るつもりもない。薪が自らその口を開いてくれるかもしれないそのときまで気にするつもりは一切ない。こうして学校に来ていることも本来なら喜ばしいことだけれど。果たして本当に喜んでいいのだろうか?学校に来たということはそれなりの危機が学校に迫っているということなのではないのだろうか?そんな不安が籐下を襲う。
信じていないわけではない。薪がこの場に身を投じたということはここにあるべき人間全てを守るときっと宣言してくれるはず。だから怖いとは思わないけれど。けれど。
「安心しろ、籐下。絶対に危険な目にはあわせねぇから」
「え・・・」
籐下の気持ちを悟るように薪が言う。少し驚いた籐下だが、それを言った薪の表情を見て心配することなんて何もないということを理解する。絶対に大丈夫だと思えた。これが薪の凄さなのかもしれない。
学校に着くと薪はまず職員室に向かい、担任へと挨拶を済ませる。すでに以前、ここにいたために顔見知りというレベルではないのでそこまで細かい挨拶をせずに薪は職員室を出る。そして薪の目付きが鋭く変わる。あらぬ方向を強く睨むように。
「・・・ち。あのバカ」
薪は急いで教室へ向かう。
教室ではすでに到着している穂琥とその他大勢の方々で賑わっている。それを見て薪は少しだけ肩を落としてそっと穂琥の傍によって耳打ちする。
「眞稀、漏れているぞ。ここは学校で軽くしかシールドはれねぇんだから自覚しろ」
「はい・・・」
肩を萎縮させて穂琥は小さく返事をした。薪はそれを見てため息をつく。そうして担任が入ってきてHRが始まる。頬杖をついて担任の話を聞く薪。そんな薪の耳に小さな籐下の声が入ってきた。
「なぁ、魔法って信じる?」
「はぁ?何を突然」
どうやら席が隣の誰かと話をしているようだった。薪の耳でやっと拾えるくらいの大きさならきっと担任の耳には届いていないだろう。薪が言った通り、籐下はちゃんと噂だてることをしようとしてくれている。
「オレさ・・・そういうのってあると思うんだ」
「はぁ?!」
「いや、だって実際に見ちゃったから・・・」
「何言ってんの・・・?」
籐下の話に半信半疑で答える友人に籐下の小さな笑い声が耳に入った。
「ははっ。嘘に決まってんじゃん」
「な!?おまえなぁ~・・・」
「だってそんな嘘じみたこと、例え本当のことでも信じないだろう?」
「・・・え?お前、その話・・・」
籐下の言葉に突っ込みを入れようとしたがそのとき、丁度担任の声が教室を占めた。
「はい、以上!」
「きり~つ」
全員が立って礼をする。籐下はその話をさっさと打ち切って何処かへ行ってしまった。
隣で不気味な呪文のようなものを聞きながら籐下のやり方のうまさににやりと笑う薪。任せる人員を間違えていなかったことを確証してひとまず肩の力を抜く。そしてやっと隣で呪文じみたことを連呼し続けている愚かな己の妹へ意識を向ける。
「勉強勉強勉強勉強勉強勉強勉強・・・・」
「おい。凄く字面が読みづらい。止めろ」
「う・・・」
しばらくの間、仭狛にいたことが原因で今ある勉強に一切ついていけない様子だった。
「よ、薪。適当な話をしてみたけどたぶんそう簡単にはいかねぇぜ?」
「いや、あれでいい。うまいと思う」
「それはどうも・・・って聞いていたのかよ・・・。聞こえないように小さい声で話していたのに・・・」
「だったらもっと小さくするんだな。オレの耳には届くよ」
「はん!無理だな~! で?穂琥ちゃんはどうしたんだ?」
机に突っ伏して独り言をぶつぶつ言っている不審者に籐下が疑問を持つ。勉強が出来なくて凹んでいるだけだと薪が説明すると籐下は少し驚いた表情を見せた。
「あれ?穂琥ちゃん、勉強できたよね?」
「・・・・・。 おいぃ~、穂琥。よかったなぁ~。お前頭よく見られているぜ?」
「うるさい!! 籐下君!ありがとう!!」
「いや・・・・」
このブランクはかなり大きいらしい。高校の勉強なんてもう、戻ってこないと思っていたからやる必要などないと思い込んでいた穂琥にとってコレはかなりの痛手だ。
「でも、『そっち』だって頭使うだろう?学校とかないの?」
「ま、あるにはあるけどこういった勉強系はないからな」
薪がそういうと籐下はどこか羨ましそうな、そうではないような複雑な表情をした。その真意はとても伝わりやすい。眞匏祗という存在が『戦闘』において成り立っているようなもの。勉学こそないにしろ、それなりの実戦実習が備わってくることを籐下は知っているのだ。