第七十七話 準備段階
「何・・・・・?」
戻ってきた薪の第一声。
「あぁ、お帰り」
待っていた儒楠の第一声。
「遅かったね」
遊んでいた穂琥の第一声。
はて。帰ってきた薪の疑問。雰囲気が違う。何かが違う。いつもと違う。それが何かって言われたらわからない。でも何か違う。しいて言うなら部屋の中をなにやらファンタジーな小さな妖精でも飛んでいそうな雰囲気。いや、薪の思考だからそれすらもなんともいえないが。
「どうした?長夸、どうだった?」
儒楠の言葉で部屋の妙は空気について考えることを止めた薪は無事で何よりだったと感激していた長夸の話をする。それから儒楠の催促で計画の話しになろうとしたが、時間が遅いのでまた明日にということになり、みんな就寝することになった。
翌朝、盛大な破壊音で目が覚めた。儒楠と穂琥は飛び起きて部屋から急いで出る。穂琥と儒楠がそこで鉢合わせして互いの顔を見合わせて焦った表情で一瞬だけ固まる。
「薪の・・・・?」
「たぶん・・・叫び声・・・」
ありえない。薪の叫び声なんて普通聞かない。何が起きたのかわからないけれどとにかく急いで破壊音の聞こえた場所へと移動する。慌てて階段を駆け下りる儒楠。その後を少し遅れて穂琥が追う。
先に部屋の扉を開けていた儒楠に追い付いてその背にそっと触れるとぎこちない首の動かし方をして此方を向いた儒楠の顔は警戒とは無縁でむしろ呆れと同情の色が窺えた。
「え・・・・?し、薪は・・・・?」
「ん、見ればいいさ。そして哀れだと思えばいい・・・」
儒楠が身体を少しずらして部屋の中が見えるように移動する。すると薪が全力で何かから逃げている姿が目に入った。この光景は若干見覚えのある風景。
「あ、そういうこと・・・。朝っぱらから心配かけないでよね・・・」
「本当だよ・・・」
薪、また何か言ったのだろうか。この風景は既に三度見ている気がする。いや、もっとか?
昨夜、薪の言っていた計画というものには助っ人が必要だと判断し、その手助けをしてもらえるように交渉することにした。朝早くから、もとい夜遅くから。しかしそれを見事に却下されたのでしつこく粘ってみたらこの有様。一体学習とはいつするのだろうか。彼女の地雷を薪が覚えないわけもないのだが・・・。
「許してください!!綺邑!お願いします!!」
薪の叫び声は未だ続いている。
さすがに見かねた穂琥はため息をついて止めに入ることにした。綺邑は決して穂琥には攻撃を仕掛けてこない。それは穂琥だからなのか・・・はたまた薪だから攻撃しているのか。定かではないが。
「お姉ちゃん、ストォップ!」
薪と綺邑の間に割って入って手を広げて綺邑を静止させる。無論、綺邑は蹴り上げることを止めてその場に留まってくれる。穂琥が今一番言わなければいけない事は。
「薪!何やっているの!!」
「め、面目ありません・・・・」
「もう! お姉ちゃん、本当にゴメンね!」
「・・・・・ふん」
薪に一喝と綺邑へ謝罪を済ませる。
「お姉ちゃん・・・?」
気になる発言を聞いたがとりあえずそれは置いておくことにして儒楠も安全になった薪と綺邑の傍へ移動する。
「いや・・本当・・・体力無限ですか・・・」
「貴様よりあるだけだ」
「はい・・・」
綺邑の言葉に薪は軽く萎縮しながらまるで心地よい疲労感だったといわんばかりに座りなおす。それからまた綺邑に涼しい笑みを送る。
「なぁ、頼めないかな?」
「断る。貴様、私を誰だと思っている?便利屋かと勘違いしているのなら改めるのだな」
「いやいや、かのご有名な死神様で有らせられることくらい重々・・」
「貴様、堕ちろ」
綺邑の踵落しが見事に薪の座っていた床を破壊する。辛うじて逃げた薪はまた困ったように笑う。綺邑はそんな薪の笑みを無視してふっと上に浮き上がる。儒楠も穂琥もその綺邑の行動に理解は出来なかったが、どうやら薪はそれを即座に理解したらしく慌てるように綺邑の裾を鷲掴む。
「だー!待ってよ!話はまだ終わってないって!」
「終わっていないのは貴様だけだ」
「ヒド!」
「貴様如きがこの私に触れおって・・・」
「わ、わり・・・」
薪は綺邑から一歩下がって諸手を上に挙げた。その表情はひどく困ったように笑っていた。そんな時に・・・。