第七十六話 伝える想い
皇居を離れ家へ向かう。
「ねぇ、痲臨も戻ったし・・・。あっちに帰るんだよね?」
「まー、そうなんだがなぁ~・・・」
穂琥の問いに薪はなんとも曖昧な返事をした。こういった曖昧な返事をするときは大抵否定になる。それくらいなら学習した。
「少し気になることがあってねぇ~・・・。それを調べたいからちょっとね」
「なんだ、それ。ま、オレは役割終わったから帰・・」
「いや、お前使えるから残れ」
「ハイ・・・・」
つまりは雑用だろう。それをわかっていて口にしないのは薪もそれを理解した上で言っていると知っているからいうだけ無駄ということ。
ひとまず家についてから長夸と連絡を取り、それから計画を話すと言ったので疑問点は残るにしても納得して家へ急ぐことにした。
やっと帰宅。なんだかそんなに長いこと家を離れていたわけではないのになんとも懐かしく安心できる感じがした。
「じゃぁ、ちょっと話してくるから少しここで待っていろ」
そういわれて大人しく待てを決める穂琥と儒楠。薪はさっさと奥の部屋へと姿を消す。穂琥は窓の淵に手をかけた。日が沈みかけ、美しくも儚い橙の光を放っている。それに見とれていると儒楠が穂琥の後ろに立った。
「ん?どうしたの、儒楠君」
「ん~。人間って汚いよな」
「え?!」
儒楠が夕日を遠い目で見つめながらそう言った。その発言に驚いて穂琥は振り返った。儒楠は確か、人間は嫌いではなかったはず。
「人間は姑息で汚らわしい。何でもかんでも大きな影に隠れて表には出てこようとしない。梨杏しかりね」
唐突にそう語りだした儒楠に戸惑う穂琥。それでも儒楠はまるでそれを知っていて無視しているかのように話を続けた。人間とは本当にずるい生き物だと。眞匏祗は自らが手を取って戦うのに人間はただ隠れて自分は被害者面をする。
「でも何でだろうなぁ~。そんな薄汚れた人間が住む地球のほうが仭狛より星はとても綺麗だ。碧く光るあんな美しい星」
「あ~・・・それは薪も言っていた気がする・・・・」
意味がわからないなりに賛同できることがあったのでとりあえず賛同してみた。
人間は穢れている。それゆえに星が護っている。そう言った生きていく力を持たない脆弱な人間を星が護り、育ててくれているのだと儒楠は思う。眞匏祗は己だけの力で切り開いてきた。そもそも仭狛という星はもとより生物が住めたような環境ではなかった。それを先代の眞匏祗たちは己らが生活できるような星に変える力を持っていた。故に星が眞匏祗の力を借りて息づいている。だからそう言った根源を考えて仭狛よりも地球のほうが美しいのではないかと・・・そう考える。
「あ、あのさ・・・・どうしたの、急に・・・」
さすがに意味が不明すぎてやっと穂琥は儒楠に問いかけた。遠い目をして夕日を見ていた儒楠の目が急に生気を持って穂琥を凝視した。一瞬だけそれに尻込みしたが強い眼光ではなかったので穂琥は儒楠の目を見続けた。
「穂琥はどうしてそんなに人間に加担するの?」
「え・・・・。だって、私・・・人間として成長してきたから・・・。人間も眞匏祗も大差がないように思えて・・・・」
だから穂琥の心はきっと人間。でも、人間も眞匏祗も何も変わらない同じ心なんじゃないかとも思うのだが。それでもとにかく穂琥は眞匏祗としての責任やら自覚はない。故に人間に果てしなく近いといえるのだろう。
「そっか。人か」
「あの・・・・?」
何かに勝手に納得している儒楠に不貞腐れた顔で問う穂琥。
「ん、オレはね。どっちなのかなぁって思ったんだ」
儒楠は人間と接したことが過去にある。しかしあまりいい思い出ではなかった。故に人間とはあまり好めない。そういう生き物だと思っていた。それでも穂琥が、いや、穂琥も薪も人間は悪いものではないという。だから少しは考えてみようと試みた。そうして考えた先、ふっと思った事実。
「オレは結局のところ人間の心を好んだ」
「え・・・?」
今までの話の展開とは全く別の方向に転んだので穂琥は思わずとぼけた声を上げた。いや、とぼけた声を上げるのは今に始まったことではないけれど。
「だってオレは穂琥が好きだから。人間の心だという穂琥が・・・ね」
「・・・・・え?!」
「ちゃんと言わなかったから返事を聞き損ねたからなぁ~。今度は返事もらえるかな?」
素晴らしく晴れ晴れとしたさわやかな笑顔に面を喰らう穂琥。
「え、あ、え・・・・い、いきなりまた・・・!?」
「そういや、前回もいきなりだったねぇ~。でもこういうことって前フリあんまりないよね?」
「い、いや・・・えっと・・・!」
笑顔を向けてくる儒楠に穂琥は固まる。返す言葉が全く出てこない。喉の奥で詰まってしまって全く声にならない。赤面する顔が熱い。
「穂琥は?やっぱり人間のほうが好きなのかな?」
「い、いや・・・!!あの・・・・っ。う・・・ううん・・・・。私は・・・儒楠君、好きだし・・・・」
「そっか!よかった!」
にこやかに笑った儒楠の顔を見てより一層赤面した穂琥はついに俯いてしまった。そんな穂琥の頭をそっと儒楠が撫でる。それですらも今は恥ずかしくて心臓が口から出てきてしまいそうだった。さぁ、穂琥のするべき事は一つ。薪が戻ってくるまでに落ち着こう。