第七十四話 平穏な日々を取り戻して
一目散に飛び込んできた小柄の子供。
「おっと・・・」
それを受け止めて薪は偲葵へ笑みを送る。
無事に駕南火を城の方へ送ることが出来、長夸たちも多少の戸惑いを感じさせたが駕南火の態度にため息をついて開放することにしてくれた。一言、嫌味を以って。
―ま、愨夸様の仰る通りに
はは、と乾いた笑いをして薪は駕南火と一時、別れを告げた。次に会えるのはきっと城に戻ったとき。薪たちはまだするべき事があるといって残っているのだから。
そうして役目、つまりは駕南火に捕らえられていたものも全て開放し、今ここに連れてくること。それをを果たすために村人が集まるこの隠れ家まで戻ってきたというわけだ。
薪たちの無事の帰還を喜ぶ村の者たち。そして互いの再会を喜び感動を分かち合っていた。それを確認してから薪は手近にいた人を呼び止める。
「さて。梨杏はどこにいる?」
「え?梨杏様でしたら奥ですが」
それを聞くと薪は偲葵にここにいるように言ってさっさと梨杏のいるほうへ歩いていく。そして人気のない梨杏の部屋の前で薪はノックする。
「梨杏。いるだろう?出てきてもらえるかな?女性のいる部屋を無碍に開ける事は出来ないからね」
薪の言葉にしばらく反応がない。そんな様子を見て儒楠も穂琥も怪訝な表情をする。確かに部屋の向こうからは人の気配はする。だから梨杏がいることはきっと間違いはないのだろう。
がちゃ
部屋の扉が開く。そこには落ち込んだ様子の梨杏が立っていた。
「随分出てくるのが遅かったね。何を言おうか考えていたのかな?」
「いえ・・・・」
梨杏は薪を前にかなり萎縮してしまっている。
「さて。いい返事を期待している、と言ったけど。どうかな?」
「・・・・・ですから・・・」
「否定したい気持ちはわかるさ。でもいつまでも『化けの皮』を被ってはいられないよ」
薪の言葉に反応した穂琥と儒楠。そして誰よりも梨杏自身が驚いている。薪の瞳がどこか冷たい。穂琥はそんな薪の目を見て一体何を思っているのかがわからない。無論、もとより理解など出来ないが。穂琥としては薪は梨杏に気があるのだとばかり思っていたが、今のこの空気でそんな温いことをいえる状況ではないことくらいわかる。
「ふん・・・。仕方ない。ならオレは多少怒るよ?穂琥に対する殺意をオレは絶対に許さない」
「・・・・・・はい。もとより覚悟の上です」
「いいだろう」
「え・・・・?!私!?何?!」
「少し待っていろ」
薪は穂琥の頭を軽く叩くと梨杏と共に部屋の中へ入ってしまった。
残された穂琥と儒楠はしばらくほうけていた。
「え・・・・・?その、何・・・?」
「・・・・・・・さぁ」
穂琥の言葉に儒楠は迷った挙句そう答える。
「まさかの告白とか言わないよね?てっきり私、梨杏のことを薪が好きなのかとか思っていたんだけど・・・」
「どう考えてもそんな空気じゃないでしょ」
「ですよね・・・・」
結局何が何だかわからないまま時間だけが過ぎていく。
薪が部屋から出てきて中に入るように言ったのでそれに習って中に入る。中には梨杏が蹲って震えていた。
「え・・・・?」
「何したんだ、お前・・・・」
その状況があまりに理解できず、穂琥と儒楠はとりあえず薪を見る。薪は少し困ったような表情で頭をかいていた。
「少しだけいじったんだけど・・・・。やっぱり耐え切れずに参っちゃったみたいだ」
「「・・・・はい?」」
穂琥と儒楠が異口同音。
簡単に状況を説明すれば。ここを出る前に梨杏に薪はとある問いかけをした。それに対する答えを帰ってくるまでに決めておくようにと伝えた。それの回答を至極渋った梨杏だったが、結局のところ薪を相手に誤魔化しが利くわけもなく、梨杏は薪によって過去を捜索される結果となった。問いかけの内容は・・・。
「梨杏は駕南火を伝い、諒冥神と繋がりを持っていて、所謂使いっ走りにされていたんだよ。だから問うてみた。この先一切眞匏祗と関わらないか、とね」
薪の予想外の言葉に穂琥も儒楠も唖然とする。まさか、人間である梨杏が眞匏祗側や神との接触があったなんて不可思議極まりなかった。
そういうわけでこれ以上の眞匏祗との接触は梨杏自身にも危険が及ぶ。今回、相手が駕南火であったからまだよかったものの、本当に人間を憎んだものが相手になった場合、利用するだけさせられて最後には殺されてしまうだろう。それだけはなんとしても薪は避けたい。まだまだこの御時勢。薪の創った『人を傷つけてはならない』という法を護るものもこの地球にはきっと少ないだろう。
しかし。一度覚えた甘い汁はそう簡単に忘れることが出来ないのが定石。『眞匏祗』という驚異的な力に魅せられた梨杏が再び眞匏祗との接触を図ろうとしてはこの不安は消えることがない。故に、梨杏へ良い返事を期待しているといって言い残していった言葉に梨杏はまともに答える気はなかった。元々、薪の期待通りに梨杏が答えるなんて最初から思ってはいなかったけれど。
そこで薪は梨杏の過去を少し覗き一体どのようにして眞匏祗との接触をしたのかを確認する。そうして確認してわかった事は決して梨杏から探し当てたのではなく、向こうからやってきたことだった。という事はこの梨杏は本当に普通の人間で眞匏祗と関わることができるだけの力は有していないと言える。だからもう放って置いても問題はないということになる。
「まぁ、そんなわけで今後もきっと大丈夫だろうし、それにまぁ、放心状態になってしまったのは何も記憶を覗いただけじゃないし」
薪はそう言って似合わないウィンクをして部屋を出て行った。穂琥と儒楠が一様にして思った事は。
―あ、脅したな・・・
ということ。
梨杏の様子が大分おかしいが、時間が経てば大丈夫だという薪の言葉を信じて村の者たちは自分たちのあるべき村へと移動を開始した。薪たちも最後ということでその引越しを手伝うことにした。引っ越すといっても彼ら自身、最低限の荷物しかもっていなかったので一人数個の荷物だけで十分村まで行く事は可能だった。しかしその村を再建するほうが大変。しかしそれは村人たちの団結で何とかするということなので薪たちも関与しないことにした。
そして何とかひと段落がつき、薪たち一行は帰ることを宣言する。
「また来てね?!」
偲葵に抱きつかれてそういわれる。薪はそれを肯定して村の者たちにも顔を向ける。
「まことにありがとう御座いました」
村の者たちからの激励。薪も穂琥も儒楠も。その感謝と笑顔を以って頷きで返す。
「おし。行くぞ」
「あぁ」
「はいさっ!」
薪の言葉に儒楠と穂琥が応答する。そうしてやっと任務を終えたのだった。