第七十二話 帰りたいんだ
思い出せない。誰かが言った言葉。考えて。何だかとても大事な言葉のように思える。
―この先にある死の恐怖に勝てるかな?
だれ?だれがいったことば?わたしのあたまでこだまするこのこえは・・・・だれ?
ふっと頭に浮かんだ此方を蔑むように見下ろす金色の冷たい瞳。低く重たい声。
あぁ、思い出した。簾乃神と摂貴神。そうだ、この二つの存在が降臨したとき。口伝えに摂貴神が言った言葉だった。
そうだそうだ。死の恐怖。これに勝てばいい。そういうことだ。今あるこの世界はきっと現実は異なる世界。後ろから追いかけてくる恐ろしくもおぞましい者たちはこの世のものであってこの世のものではない。きっとそうなのだ。ならば今、あるこの死への恐怖を克服すればきっと。
しかし。でも、それでも。怖いものは怖い。殺されてしまうかもしれないという恐怖は簡単に抜けるものではない。一体どうすればいいのかわからない。
ひたすら考える穂琥の頭にふっと光が差し込むように言葉が流れる。
―死ぬときは一緒だ
あ。そんな事をいっていた奴がいた。
―でも死ぬのはもっともっと先。もっと年をとって老けて、それからだ。だからまだまだ死ぬときじゃない。もしそんな事がありそうだったら絶対にオレが助けてやるから
そうだ。そうだった。何を不安に思っていたのだろう。今姿が見えないからか、不安になってしまっていた。関係ないんだ。わかった気がした。今、やらなければいけないことを全て理解した。
―ありがとう、薪。やっぱりあんたは凄い
穂琥は倒れていた身体をゆっくりと起こす。周りもそれに合わせるようにゆっくりとしたスピードになる。直ぐ後ろに迫っていた『異物』たちも動きを遅くする。そんな気色の悪いものへ穂琥はそっと手を伸ばす。
「もう、怖くないよ。私はあなたたちなんかにやられない。だって私は生きるんだもの。絶対に薪の元へ帰るんだもの」
穂琥のしっかりとしたその目に『異物』たちは動きをぴったりと止めた。
「じゃぁ、私は帰るね」
生きるという強さ。光。それが穂琥の全身からあふれ出す。安堵と言う名の下に。