第七十一話 一番の恐怖とは
勝て。出来るから、お前なら出来るから。だから勝ってくれ。
薪の切なる思い。果たして穂琥に届くだろうか。相も変わらず目の前でせせら笑う諒冥神は穂琥の心の震えを感じて愉しんでいるように思える。
儒楠がふっと真に耳打ちをする。
「なぁ。穂琥を生かして返すつもりはないんだろう・・・?知っているのか、命繋線を・・・」
儒楠の言葉に薪は返答が出来ない。いくら神といえど命繋線までが見えるとはとても思えない。
命繋線については随分と前に話をしたが一応おさらいしておこう。文字通り薪と穂琥を繋ぐ命の線。母、紫火が命がけで繋げたたった一本の強靭な線。それによって命が一つとなる。つまり、薪が死ねば穂琥も死んでしまう。また、穂琥が死ねば薪も死んでしまう。それが命繋線の力。こんな理不尽なものを薪と穂琥につなげたのは薪の生命力に母がかけた思いがあるから。薪の生きる強さを見込んで穂琥を護るため。たとえ、穂琥が死にそうになっても薪の生命力でそれを何とかカバーできるようにと。それが二人を繋ぐ線。
ここで、もし穂琥が死ぬようなことがあれば、確実に薪も死ぬこととなる。たとえ薪の力があったとしても神々の力に抗う事は流石に出来ない。そうなれば魂石は見事に壊れ、使い物にならなくなる。それを諒冥神は知っているだろうか。何らかの策があるのだろうか。
薪はぐっと眼を瞑って祈るように穂琥の名を呼ぶ。
「穂琥・・・・!」
儒楠は長いこと薪と一緒にいたがこんなにもか細い声を出す薪を初めて見た。いつも平然と凛々しく。前を見据えて悠然と。それなのに今、こんなにも潰れそうになっているなんて。正直目も当てられた気分ではなかった。しかし、そんな朋の背に触れることしか出来ない自分が何よりも悔しく思えた儒楠だった。
薪にとって穂琥が消えてしまうことほど恐怖な事はないのかもしれない。それほどまでに大切にしている。それは一種の母の願いでもあるからかもしれない。それと同時に過去に一度、護ることが出来なった自分への戒めでもあるのかもしれない。たった一つの肉親が消えてしまうことがどれほど恐ろしいことなのか。儒楠にはよくわかる。儒楠も過去に家族を失っている。だからよくわかる。
「薪。大丈夫だって。穂琥は・・・強いから」
果たして小さく呟いたその声が薪の耳に届いただろうか。