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眞匏祗’  作者: ノノギ
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第七話 明らかになった存在

 綺邑が嫌そうな目で薪を睨む。幸奈の返答を聞いて話しが一時、完結したためにその場から消えようとした綺邑を薪が呼び止めたのが原因だ。


「貴様、この期に及んでまだ何か?」


冷たく重いその言葉に慣れていない幸奈はぞっとする。無論、穂琥もしたけれど。それでもめげない薪の神経はどれほど図太いのだろう。


「まぁ、いいじゃないか!一つ!聞きたいんだ。それ答えてくれたら行っていいから!」


薪の回答に綺邑は冷たく睨む。しかし、この沈黙は綺邑の肯定の仕方だ。薪は軽く謝礼を述べてから質問をぶつける。


「お前って一人か?」

「は?貴様、何を言っている?」

「いやな、死神はこの世に一つしかないだろう?二つも在る事が出来るのかな、ってさ」


薪の質問に綺邑は怪訝そうに眉を寄せた。


「瞑、って言うんだけどさ。知っているか?」

「いや。知らんな」


瞑の質問であるなら穂琥も参戦したい。


 あの違和感はまるで違う。眞匏祗のような雰囲気を漂わせているというのに眞稀が全く見えることが出来ないあのへんな『生物』を。


 そんな疑問と不安を綺邑にぶつける。ぶつけられている綺邑はひたすら黙っていた。此処まで黙する綺邑も相当珍しい。肯定というわけではなく、思考しているのだ。そんな思考する時間に綺邑はあまり時間をかけない。その思考している時間すら惜しい。故に思考することを止めて知らんと答えるのがいつもだ。


「知らんな」


長い沈黙の後に綺邑は答えた。


「聞いた限りでは記憶に無い。会って観ないとわからんが、会うつもりは無い」


言い切った綺邑の言葉に穂琥は怒鳴るように言い返したが薪がそれを制止する。


「なら会わなくてもいい。オレの記憶を少し見てくれないか?」


綺邑は一度面倒くさそうな顔をしたが仕方ないといった風で薪の傍により薪の額に綺邑の額を当てる。そして目を閉じる。そうして薪が綺邑へ眞稀を流し込めば、その眞稀の流れに乗って過去の記憶映像が相手へ届く。


 映像を見終わった綺邑は薪から離れてさらに黙した。見覚えがあるのかないのか。知っているのか否か。綺邑は答えない。


「あの・・・」


弱々しい声が沈黙の中に響いた。それで気づいたがすっかり幸奈が居ることを忘れていた。


「瞑、というのですか?私も・・・その方を知っています」


幸奈のその台詞に全員が驚く。


 翔蒔が息を引き取ったのは昨日の事。その日に起きた出来事。


 幸奈は今にも消え朽ちてしまいそうな翔蒔の面倒をしきりに見ていた。


「迷惑かけてすまないな・・・」

「いいえ、いいのよ。ずっと二人でって、決めたじゃない」


うつろな目の翔蒔に必死に言葉を掛ける幸奈。翔蒔はただ過去を悔いていた。悪いことをしたものは地獄に落ちるのが定めなのだと。


「そんな事言わないで・・・。貴方は悪くないわ。いつかきっと救われる。いつか・・・」

「あぁ・・・そうだといいなぁ」


翔蒔のその声には諦めが混ざっている。きっと自分は救われない。幸せになってはいけないのだと。自分はどんなに不幸でもいい。だから目の前のこの女性にだけは幸せでいてほしいと願うしか出来なかった。


「失礼」


玄関のほうで声がする。幸奈は客だといって立ち上がった。


 突然現れた男は瞑と名乗り、翔蒔の病を治せるかもしれないといってきた。それに歓喜した幸奈は瞑を中に入れた。


 しかしどうにも胡散臭い。瞑はふふ、と笑って翔蒔の額に手を置いた。やったことといったらそれだけだ。立ったそれだけの行為で瞑はこれで帰ると言う。


 何が何だかわからないまま幸奈はその瞑を見送ってしまった。そして戻ってきた時、翔蒔は息を引き取っていた。


 穂琥はその話しを聞いて震えた。普通の人間ならわからないかもしれないけれど、眞匏祗である穂琥にならわかる。額に手を当てたとき、確実に瞑は翔蒔の生気を吸い取った。ヒトの命を一体、何だと思っているのか!腹立たしくてたまらない!


「落ち着け、穂琥」


薪に言われてむっと黙る。そして薪はそのままひたすら黙っている綺邑へ目を送る。


「おそらく・・・奴の名は邑頴ゆうえいだろうな」

「知っているのか?」


綺邑はなんとも口惜しそうな顔をしていた。こんな風に表情を歪ませたところを始めてみた。


「死神だ。元な。今は違う。既にこの世には存在していないはずのものだ」


綺邑の語り方と雰囲気。そして元死神であるという綺邑の言った事実を踏まえて導き出るたった一つの答え。


「お前の・・・父親か?」


綺邑は小さく頷いた。肯定の仕方にそれを用いたことが無かったので薪も穂琥も少し面を食らった。まさか、一度朽ちたはずの死神が再びこの世に舞い戻るなどありえない。あっていいはずが無い。しかし、邑頴は綺邑の父。もとより凄まじい力を有していたことは事実。もしかしたらそうして今この世に存在することは造作も無いことだったのかもしれない。


「さて。記憶はオレが持つ約束だったな」


薪がパンと手を叩いて空気を割った。話に段落が着いたからだ。必要なことは全て聞いて今の薪にとって欲しい情報は大抵入った。よって此処に長居する必要は無い。


「此処であったこと、全てをオレがもらう。つまりはあんたの記憶を消すって事だよ、幸奈」


幸奈は息を呑む。せっかく知り合えた彼らのことをすっかり忘れてしまうのは悲しくてたまらない。切なくて仕方ない。


「すまないね、約束があるんだよ。綺邑に出てきてもらうとき『記憶はオレが持つ』といってしまったからね」

「私は見世物じゃない。たかが人間風情が私を記憶しておくなど痴がましいと知れ」


綺邑の発言に幸奈が震えた。その殺意にも似た感覚に幸奈は恐怖したのだ。そして、俯いて苦しそうに顔を歪めて、記憶を消し去ることを承諾した。消えてしまえば何も残らない。今ある不安も記憶さえなくなれば消えてしまうのだから。


「おい」


薪が記憶を消す作業に入ろうとしたとき綺邑が幸奈に声を掛けた。幸奈はきょとんとした表情をした。


「最後に聞きたい事がある。答え次第では其の侭にしても構わん」

「ほう?」


綺邑の言葉に反応したのは薪だった。そのことに綺邑はいささか不機嫌そうな顔をしたが気にせず話を進めた。


「まだ、話が残っている。瞑と名乗った男、何を手渡した?」


幸奈はその言葉で酷く驚いた顔をしていた。そしてそれの回答を幸奈は渋った。そのことに綺邑はふんと鼻を鳴らして面倒臭そうに薪を睨む。薪はそれを受けて肩を落としてから幸奈の肩に触れる。


「こういうことは言ってしまった方がいいよ。別に悪いようにはしないし。特にオレ達にはね。それに事と場合によっては記憶が飛ばずにすむのかもしれないし」


幸奈は悲痛な表情でしばらく考えてからわかったと承諾すると部屋の奥へ入っていった。それを見詰めて薪は少し警戒の色を強めた。


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