第六十七話 裏の真実
「ん?」
女性が声を上げる。彼女が何の躊躇いもなしに駕南火へ刀を振り下ろしたのを薪が無理に受け止めた。その尋常ではない力に流石の薪も刀を持つ手が震えた。この細い肢体の何処からこんな力が生み出されたのか疑問に思うほどだった。
「お前、それは無いじゃないか?」
「ほう・・・?お前、見所があるな。どうだ?わしと手を組まんか?」
思った以上の重低音。女性にしては低いその声に薪は嫌な予感を覚える。薪は女性の持ちかけた言葉を即座に却下する。女性は低く笑う。
「そぅか。わしの元にくればお前の望み、叶えてやろうたのに」
「・・・オレの望みはアンタなんかには叶えられるものではない。いや、全てのものが叶えられるものではない」
悠長な会話をしているように聞こえている間にも拮抗する薪と女性の力はすぐ手元の刀がぎちぎちと音を立てて表現している。しかし尚も彼女は薪を欲する。薪は軽い舌打ちをしてその刀を振り上げる。軽々と宙を舞って彼女は悠々と地面に着地する。薪は刀を構えなおして目の前の敵へと言葉を投げる。
「オレの望みは二つ。一つは護ること。二つは蘇ること」
簡潔に、省略して言ったその言葉に彼女は不思議そうな表情をした。無論、薪が背中を向けている駕南火も同じ。しかしそれに対し、穂琥と儒楠のほうはひどく揺れた表情をする。
護る。それは愨夸として民を護る義務がある。しかし、きっとこの『望み』としていった護るは民の事ではない。この場にいる最愛の妹、穂琥を一生をかけて護り抜くこと。
そしてもう一つ。蘇ること。これが穂琥や儒楠にとっては重過ぎる。それを言葉に出して説明することすらおこがましいほどに。
「護る、は聞かずともわかる。では蘇るとは?誰かでも失ったか」
低い声が薪へ疑問を投げかける。薪は一瞬だけ迷った様子を見せたがはっきりとした目で女性を睨んだ。
「オレは過去にたくさんの仲間を殺してしまった。だから、その『全て』を蘇らせたい。過去を消したい。だが、起きてしまったことを今更どうにも出来ないだろう?」
「ふむ・・・・。そうさなぁ。さすがにわしもそれは無理だ。他にはないのか?」
「・・・・。そうだな。今すぐにお前を潰してゲートを開いて仭狛に帰ることかな」
「ふっ。嫌な性格」
「それほどでも」
口とは別に彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
「そういうのは嫌いじゃない。そうか。組む気がないならその魂石だけ置いて消え去れ」
「オレの魂石、特注でね。一般は使えないよ。最も。愨夸の血筋ではないと、という意味だけど」
薪の発言に彼女は不思議そうな表情をした。しかしそれすらも気にしないように魂石を奪うことを主張する。無論、そんな事出来るわけもないと拒否をする。すると彼女はにやりと笑う。
「まぁ、よいわ。ゲート、だっけか?ならばわしとの勝負に勝うてみよ」
「勝負・・・・?」
怪訝な表情をして薪が臨む。彼女は悠々とした表情で笑みを浮かべ続ける。
彼女がふっと手を前に出す。薪は一瞬身構えたが何も起こる事はなかった。その変動のなさに薪は額に力を入れる。彼女が何もしないのにこんな不可解なそして無意味な動きをするような者には見えない。
どさ。何かが倒れる音が聞こえた。それを聞いて薪は彼女の動作の全てを悟った。ぞわっとした背筋を無視して一度目の前の女性を睨みつけてから急いで音のしたほうを振り返り駆け出す。
「穂琥!」