第六十五話 敵対する者の心境
なにやら今日の薪は『ハイ』らしい。『high』のよう。先ほどまでの間の抜けた口調は敵を欺くための戦略かと思っていた。それならまだ格好良かったのに。
「でさぁ。まぁ、訂正も終了したし。次の話しに行こう。仭狛へ繋がるゲートが閉じてしまったわけだ。お前、知らん?」
敵が口を滑らせた後からもその雰囲気は変わることがない。そして駕南火自身もひどくそれには戸惑っている。そして何より戸惑うのはともにいる仲間すらもその態度に驚いていること。普段からこういった感じではないことが窺える。
「ボクが閉じたよ。特殊方法で地球から出られないようにね」
「ほう~?ならシャトルは外に出られるわけだな?」
「そうなるね」
「へぇ!心底の悪ってわけじゃぁ無さそうだねぇ?」
「「「何・・・・!?」」」
穂琥、儒楠、駕南火の言葉が異口同音で重なる。それを聞いた薪が呆れたように穂琥と儒楠にむく。
「おいおい。仮にも敵と意気投合するなよ」
「無理無理無理!!今のはどう考えても『何!?』しか言えないから!」
「本当だよ・・・、お前どうした?」
「なんでもないけど?」
首を振る薪。その様子を駕南火は確認する。おかしい。おかしすぎる。これが愨夸たちの一団な訳がない。あの無情にして非情の愨夸。命の重みも顧みない極悪非道の愨夸なのだろうか。この一団が・・・。
「あ?!」
突然薪が怒りの声を上げたので儒楠はびくっと肩を震わせた。
「おい、駕南火!今どう考えてもオレと父上を比べたよな!?雰囲気で結構わかるんだからな!あまり比べるな!オレはあの方とは違・・」
「あの~。暴露していいんですか~?」
「あ・・・・・」
まさかの珍プレー。薪にしてはありえないミス。薪は雰囲気に負けたと頭をかく。
「いや・・・あの・・・」
「キミが・・・愨夸?」
「え~っと・・・・。はい。実はそうです。訳あってこんな格好していますがそうです・・・。思わず口を滑らせたわ。あ、丁度いいや。さっきアンタの口を滑らせたのはこれでチャラな?」
薪は笑顔で駕南火に手を挙げてそう言った。一体どう反応していいのか困っているのは何も駕南火だけではない。
「シン=フォア=エンド。それがオレの名前。聞き覚えあるだろう?ちなみにこっちは儒楠。ジュナン=ロウ=テイア」
「・・・そう」
現愨夸だということを駕南火へ伝える。しかし薪の緊張の紐は緩みっぱなしだ。それがあまりに気になった穂琥は思わず突っ込みを入れる。
「あ、あの・・・イイデスカ、社長!」
「はい、何ですか部長」
「え・・・!? あ、あのですね!」
自分から言っておいてなんだが、まさか薪が穂琥のふざけた言葉に乗ってくるとは思っていなかったので修正利かずそのまま尋ねる羽目になる。
「ええっと。どうしてこんな大事な会議中に社長はそうも緊張感がないのでありましょうか!?」
「はい、たまにはいい質問をしますね、部長。それはですね。オレの神経がどうにも警戒心を発してくれないので段々気分がおかしくなってきているからであります。おわかり?」
「は、はい。わかりました社長・・・!」
ボケがうやむやになりかけていまいち場の空気を保てていない状況に儒楠は身震いをする。薪が怖い。いや別に何がってわけではなく。ただなんとなく・・・・怖い・・・。儒楠は頬を引きつらせて笑いながらそう思っていた。しかし、それを聞いて驚くのは駕南火のほうだ。
「愨夸よ、今なんと・・・」
「薪!オレは薪だ!愨夸じゃねぇ!あ、いや、愨夸だけど・・・・。名前は薪だ!」
「あ・・・。し、失礼・・・」
「おう、わかればいい」
どう考えてもこの薪はおかしい。完全に壊れているとしか思えない。
「で~、あれか。オレのやる気のなさか?簡単なことだよ。駕南火。アンタから悪い感じがしねぇんだ。だからどうしてこんなことになってしまっているのかが分からない」
「「「は?!」」」
「だから敵と意気投合するなって」
同じ様に声をあげた穂琥と儒楠に指摘を入れる。驚いている二人を無視して薪は深い深呼吸をした。
「さて。オレも落ち着くか」
接続詞に「も」が入っていた理由がいまいちわからないがひとまず薪は落ち着いたようだった。
「さてと。お前に対して全くと言っていいほど警戒心を感じないのはお前から心底敵意を感じないからだ。何故ゲートを閉じた?それの理由が知りたい」
放っている気配もいつも通りの薪。それを確認して儒楠はほっとため息をついた。しかし逆に駕南火のほうは怒り浸透したらしい。
「ふざけるな・・・。キミらに何が出来るのさ。殺戮しかしてこなかった愨夸どもが!」
直感。これはあくまで穂琥が感じたことで確かなものではないけれど確実に言えるもの。薪の言葉に駕南火は怒りを覚えたかもしれない。それで今の一言を発したのかもしれない。しかし、それはまた、薪を怒りへ導くこととなる。だから、今、薪が大声で怒鳴ることが穂琥には直感的にわかっていた。だから先に萎縮して薪の怒りに触れないようにした。儒楠のほうも同じ様な体制をとったことからそれがさらに事実へと感じさせ、結局のところ、薪のほうからその回答の罵声が飛ぶ。
「ふざけるな、このクソヤロウ!」
薪の怒号。それは声だけではない確かな威嚇。マキを載せたその怒号に駕南火は身を引いた。
確かに前愨夸、巧伎の時代はひどかった。無意味にたくさんの命を奪い、いくつもの種族を滅ぼしてきた。けれど、今は。今は違うと薪は誇張したい。
「地球のことを詳しく知っているわけでもない、干渉できる立場でもないからここにいる眞匏祗たちのことを把握できていないっていう事は痛いほど理解している!それと同じ様にお前とて!今までずっと人間の世界に浸っていたお前に!仭狛の何がわかる!今の世界の・・・オレらの苦しみの何が・・・・何がわかるというんだ!?」
薪のその怒号に駕南火はひどく揺れていた。薪の言っていることがあながち嘘ではないということを駕南火自身が悟り始めてしまっていることが原因だろう。
揺れた理由は簡単だ。愨夸などと大それた名を有している者が、まだまだ自分よりも年下でそれでもしっかりと前を見て生き過去を背負って立っている。そしてそれに付き添うものたち。その者たちの目が決して恐怖による支配でその場にいるのではない、心底目の前のリーダーに敬意を払った上でそこにあることがよくわかる。故に揺れ動く。愨夸が。あの極悪非道と畏れられた愨夸が。ここまで感情的に己の意思を主張する。そんな愨夸が頂点に立った仭狛の様子を想像することさえできない自分の浅はかさに駕南火はひどく心をかき乱されていた。