第六十四話 間諜の手
出発しますか、との薪の号令で隠れ家を出た。そして目の前を歩く薪についていけば何の問題もなく敵の本拠地へいける・・・と思っていたのに。
「どうして・・・」
「こうなるのよ・・・」
儒楠と穂琥が眼を半開きにして今ある状況に小さな声で突っ込みを入れる。
「ん?この方が探す手間が省けるだろう?」
「いや、抜ける手間はどうするんだよ・・・・」
「何とかなるさ。 オレは」
「「最後の言葉要らない!」」
最後は儒楠と穂琥がそう突っ込み。
「まぁ、まぁ、抜け出さないといけない状況ならオレが介錯してやるって」
「あそ・・・」
「だったら・・・・」
「「今抜けたいー!!」」
さらに儒楠と穂琥が言葉を合わせる。
つまり今ある状況。隠れ家から離れて崩落した村まで行った。そこで敵のアジトの場所へ繋がるのかと思いきやそうでもないらしく仕方なくアジトが何処にあるのかを尋ねると「知らん」の一言が返ってきた。しかも即答。どうするんだと憤慨する儒楠と穂琥だったが、突然の薪の行動に耳を塞ぐ羽目となった。
勢いよく息を吸った薪が何をするのかと思っていると、突如、大声を上げた。
「標的の居場所もわからねぇのかぁぁ!!」のかぁぁ!!」のかぁぁ!!」
見事な木霊。耳がびりっとするほどの大声。普段柄大声を発するタイプではないのでまさかこんなでかい声が出せるとは正直思っていなかった穂琥と儒楠だった。その声を聞きつけて集まってきたのはどうやら駕南火の手下らしきものたち。
「え・・・・、ちょ・・・・?」
「ま、まさか・・・あの、愨夸様・・・?」
「おう。抵抗するなよ。したらオレがしばくぞ」
お咎めのほうが怖かった穂琥と儒楠は抵抗の一切を封じられて結局集まってきた者たちに簡単に捕まってしまった。
と、言うわけで今に至る。只今、連行中~、連行中~。
着いたのは寂れた門を潜った何もない場所。奥で人影見えた。いや、人かどうかは、定かではないけれど。その影が声を発するが、薪の顔がみるみる不機嫌になっていった。
「オレはお前に用はない。駕南火を引っ張ってきて欲しいんだけど」
影はふっと揺らぐ。
「我がそうだと、言っても?」
「お前、その程度の変装で誤魔化せると思っているのか?」
薪の挑発するような言葉に影は返してこない。その代わり別の声が聞こえた。
「くくく。わかるのか、無名のアンタに。少し当てが外れてしまったかな」
「そうそう、アンタに用があったんだ」
現れた男。この暑い乾燥地帯の割りにマフラーを首に巻き、余った部分はまるで地面につきそうなほど長かった。その青いマフラーを際立たせているのは黒に限りなく近い紺の衣服。右は長く着流しように袖が広い。それに反して左は肩まで露出するノースリーブ状態。寒いのか暑いのかよくわからない。相手が眞匏祗であるのであればそれは珍しい毛色の黒。それも真っ黒の。眼はほのかに水色。眼の色からして人間ではないかもしれない。いや、外国の人ということもあるけれど。
これが駕南火。思ったより若く、線の細い男だった。名前からしてもう少しごついのを想像していた穂琥はどこか拍子抜けしたような逆に気持ちが入ったような、複雑な心境だった。
「当てが外れた・・・?」
穂琥が疑問の声を上げる。すると駕南火はその重たそうな瞼でほとんど開いていない眼をより細めてにやりと笑った。
「愨夸が・・・・いると思ったからね」
駕南火のその発言で一瞬だけ空気が凍った。そして薪はその発言を聞いて利用してやろうと判断した。儒楠には本当に申し訳ないけれど。
確実に駕南火は儒楠を見て愨夸だといった。つまり、顔を知っていて愨夸だと判断した。ただ、薪としてはこの男と会った記憶はない。ということははるか昔にまだ、前愨夸が生きていたくらい前。そのときに眼にしていたか、あるいはまったく別で調べていた結果か。どちらにせよ、その情報を利用してやらない手はない。
―悪いな、儒楠・・・
薪は静かに心の中でそう思う。
「それで?キミはなんて名前なの?」
駕南火が尋ねる。薪は答えを渋る。渋るといっても別に言うことが出来ないといった風には決してしない。あくまで名乗る必要がないということを醸し出す。
「言う必要があるのかい?」
「おやおや。此方のことは随分勝手に調べていたくせに」
「ならそちらだって調べれば良い話だろう?」
「ふ~ん。それもそうだね。随分口が達者だね」
「どうも」
薪の余裕の答えに駕南火は無表情で迎える。
「さて。見当違いをしたようだけど結局、強い奴はいるようだ。さ、てと。何用でここへ来た?『下』の人間たちと手を組んだのかな」
「は?何を言っているんだ?ねぇ、していませんでしょう?」
突然薪に振られて儒楠は少し驚いた顔をする。しかし何かを諦めたように頷く。しかしその反応をみた駕南火が不自然に眼を細めた。
「愨夸、ともあろうものが随分と拍子抜けさせてくれるね」
「悪かったな」
駕南火の言葉に儒楠が応戦する。今のやり取りで薪が何をしたいかまでは理解できなくとも、愨夸『役』を押し付けてきたことだけは事実。なら愨夸様のご命令とあらばそれに従うのみ。いや、そもそもそんな概念は最早ないけれど。皮肉を込めてそう思うだけ。本来なら朋が求めたから、それが理由で十分。
人間と手を組んだわけではないと駕南火の言葉を否定する。ただ単に力を少しばかり貸しただけだという。
「それを組んだというのではないのか?」
「はぁ?地球に住んでいるなら少しは言葉を覚えたらどうなんだ?組むと貸すとじゃ随分と違うだろうにさぁ~」
薪のどこか抜けたような答えに駕南火は表情をしかめた。それと同時穂琥と儒楠もしかめる。これはおかしい。おかしいのだ。敵を前にした薪の態度ではない。緊張感が若干足りていないようにすら思える。
「よく言うな。キミはどのくらいこの地球にいるのさ」
「言う義理はないな?人間とつるんでいるような奴にはね~?」
「つるんでなど。ただ利用していただけだよ」
駕南火の言葉に薪がふっと笑った。それを悪く思ったらしい駕南火が何が言いたいと睨むと薪は笑った表情のまま駕南火へ己の失言を指摘する。
「ほうほう。人間とのかかわりがあるんだねぇ?しかも話の流れからすれば『下』にいるもの達と・・・ということはアレだよね?あの『女』が」
薪の勝ち誇ったような表情を見て駕南火は表情を無にして言葉を選んでいるようだった。
薪の様子が若干おかしかったのは今のように駕南火の墓穴を掘らせることだったのかと納得する儒楠だった。
薪の放った言葉に駕南火が返さなかったが諦めたようにそれを肯定した。そしてそれを受けて薪はその女をどうやって丸め込んだかを訪ねた。駕南火は冷たく笑った。
「何でも願いをかなえてやる、とだけ伝えたよ。人間にとって眞匏祗とはまさに神に見紛うものでしょう?そう思うだろう?眞匏祗としての力を見せてあげるだけで簡単に騙せる。人間とは間抜けな生き物だよ」
駕南火が人間を否定する。穂琥はそれにカチンと来て反撃しようとしたが薪にそれを阻止された。
「駕南火。一つ、訂正をしよう」
薪がそう言ったので穂琥も仕方なく引き下がった。薪の訂正が入れば穂琥がどうこう言うよりも容易い。
「何か間違いでもあったかな?力を見せ付けただけで騙される人間は間抜けではないといいたいのかい?」
「いいや。それに関しては否定しない。だが、眞匏祗の中にもそういう間抜けは居るんだな。だから別に人間だけじゃないってこと」
「は・・・・?」
「そうそう、眞匏祗にもちょっと力を見せただけで驚いて・・・・ってそれ私のことか!」
「おう。それ以外にいないだろう~?」
「はぁ!?」
まさかの敵前で兄妹喧嘩勃発。
「あ、訂正終わりだから。今ので」
「い、今の・・・・?」
駕南火は目の前で起きていることにひどく動揺した。感覚がどうにも鈍ってしまう。これも戦略なのだろうか。それにしては『嘘』の気配がしなさすぎた。ひどく呆れてしまうほど。
駕南火の表情からして確実に呆れをもたらいている。敵にそう言った感情を抱かせるヒーローがいてもいいのだろうか。そんな事を思う儒楠だった。