第五十六話 僅か抱く憎悪
薪が帰ってきたのは予想よりも早かった。まだ穂琥は眠って起きる様子を見せない。寝返りを打った穂琥が唸ったのでそっと儒楠が様子を見る。
「しん・・・?まだ、少し・・・ねていたいの・・・」
穂琥はそう言ってもう一度寝返りを打った。薪はその様子を見て頭を抱えた。親友だからこそ、言ってはならないことくらい分かる。
―穂琥よ・・・今のは禁句だよ・・・
薪はふっとため息をついた。儒楠がすくっと無言で立ち上がる。どうしたと声を掛けても返事が無い。そのまま洞窟の外へと歩いていく。
「あまり無理はするなよ?」
一応声を掛けたがその声が耳に届いたかは定かではない。
どさっと。物が倒れるような音がしたのはそれからしばらくしてからだった。振り向くと儒楠が洞窟の入り口のところで倒れたのを発見した。薪は慌てて儒楠の元に駆け寄った。
「おい・・・?大丈夫か?」
「ゴメン・・・」
儒楠は小さく謝った。ただひたすら謝っていた。薪はどこかそれが胸の奥で痛んだ。本当に些細なことなのに。どうしてこんなに苦しむ羽目になるのだろうか。
「謝るな・・・」
薪は儒楠を抱えて洞窟の奥へと連れて行く。穂琥からは少し離したところで儒楠を横たわらせる。薪はふっとため息をついて儒楠の額の汗を拭った。
しばらくすると穂琥のほうが覚醒した。体調を確認してひとまず無事だと判断する。儒楠が倒れたことを知らせると穂琥は顔色を変えて儒楠に駆け寄った。
「くれぐれも治そうとするなよ。眞稀は使えないんだから」
「お見事です」
今まさに、治そうとしたところ。
「薪は?」
「え?」
穂琥の唐突な質問に思わず声が漏れた。
「だって薪も汗かいて結構辛そうだから・・・・。私大分よくなったから寝ていていいよ?」
「お前に気を遣われるとはオレも終わったな」
「何それ!」
「いやいや。まぁ、それは冗談として。ありがとう。素直に嬉しいが今は平気だ」
薪のその言葉に尻込みした穂琥。薪がこんなに素直に嬉しいなんて言った事・・・あったか。とにかく。何だか不思議な気分だった。
儒楠が眼を覚ましたのはそれからしばらくのこと。儒楠が眼を覚ましたのでさっさと出発することにする。薪は儒楠がどうしてこんなことになってしまったのかは聞かない。それをわかっていて儒楠もほっとしているのだから。
外に出るとあたりは大分薄暗くなっていた。
「もう直ぐ夜だね?火とかおこさないと死ぬ!?」
「いや、ここは夜が一番活動しやすい場所なんだよ」
「え?」
普通の砂漠であるのなら夜は急激な冷え込みで氷点下まで達してしまうかもしれないけれど何があってかここはそう言ったことはなく、昼間の暑さなど忘れこの夜にこそ適温と化す。故に、夜にとにかく歩を進める必要がある。