第五十五話 荒れた地が奪うもの
腹が立つ。むかつく。穂琥はこの長い距離を歩いてきてそう思う。何が腹立つって。別にこの暑さにじゃない。目の前を歩く影二つにだ。こんなにも苦しい思いをして歩いている穂琥を差し置いて薪も儒楠も平然と歩を進めていることが何よりムカつく。
口を開けばそれだけで水分が奪われる。ふらふらとする足取り。あまりこういった暑さには慣れていない。ふっと力が抜けて前に倒れる。このまま倒れて暑い地面に顔を押し付けて卵焼きみたいに焼けていくのだろうか。
「大丈夫か?」
地面に当たる前に薪が受け止める。曖昧な返事をした穂琥に対して小さくため息をついてから薪は問答無用で穂琥を抱え上げた。
「ぎゃぁ!?」
「ったく。おい儒楠。このあたりで木陰なり何なり探せ」
「無茶言うなぁ~。眞稀使えないって言うのに」
文句を言いつつも既に儒楠は辺りを見回している。薪は持ってきているかばんの中から水筒を取り出して穂琥に飲ませる。
「あまり飲みすぎるなよ。もたなくなるぞ」
「はーい・・・」
完全にだれた穂琥は薪の背中で水を少しだけ口に含む。回復の様子はあまり見られないけれど。
儒楠がやっとのことで洞窟を発見した。その奥は意外にひんやりとしていた気持ちがよかった。そこで穂琥を寝かせる。ぐったりとしてピクリとも動かない穂琥をため息交じりで見詰める薪と儒楠。仕方無しに互いに眼を見合わせて小さく笑う。
「少し周囲を見てくる」
「え、オレ行くよ?」
「いや、オレでいい。穂琥のこと頼む」
「お、おう・・・」
薪が洞窟を出て行く。いくらたくさん寝たからといって黒眼の開眼した反動が完全に抜けたとはとても思えない。だから極力薪には休んでゆっくりとしていて欲しいのだけれども。それでも薪は行くといったからにはきっと曲げない。そういう強情なところが意外にも存在するのだ。
この暑い太陽の下、外を歩くことは危険。しかしあえてそれを行った薪の気持ちはわからないというわけではないが納得が出来ない。おそらくこの地にも眞匏祗は存在する。眞稀が使えないからといって眞匏祗が弱体化するといったらそうではない(若干、死にそうな眞匏祗もいるがこれは眞稀以前の問題なので除外とする)。故にこの地にも他者からの追随を受ける可能性もある。それを薪は危惧しての行為だ。