第五十一話 神というもの
鮮烈で刺々しい神気が降り立つ。深い緑のターバンを頭につけているために毛色はわからない。そのターバンのあまりが二つ、長くたなびいている。首から掛かる漆黒の輪が二つ。それがしゃらんと音を立てる。金色に光るその瞳は緋の簾乃神とは違った強さを放っている。そして耳に木霊するのは酷く低く重たい声。
「何だ。つまらねぇ所に呼ぶんじゃねぇよ。眞匏祗如きが」
不機嫌そうに降り立った二体目の神。摂痲涼貴、摂貴神だった。薪はその摂貴神を眼にして酷くまずい物を眼にしているように固まっている。そんな薪を摂貴神が眼に移して妙ににやりと笑った。その笑いを無視して簾乃神が声を掛ける。
「得意分野だろう?」
「いいや、違うねぇ。『未来』であって『過去』じゃない」
薪から目を離して簾乃神へと目を向ける。簾乃神は余裕の如く笑みを浮かべている。未来が見える神、摂貴神。故に過去も見えるだろうと、簾乃神は笑う。
そんな余裕の神、二体を前に、眞匏祗組みは顔を真っ白にして苦笑いを浮かべるしかなかった。ただでさえ強烈な神気をこんな小さな地球、まして何の加工もしてないこの部屋に二つも神気を降臨させては息が出来ずに死んでしまいそうだった。
「話を聞いてやれぬか?」
「ふん~?その餓鬼の?ふ~ん・・・」
薪を見て再び笑う摂貴神。その笑みに穂琥は何故か腹が立った。それが何故なのか全くわからなかったのでもやもやした。
「へぇ。少しはマシな面構えになったかぁ?」
押し黙る薪を前に摂貴神は重たい声を浴びせる。穂琥が憤慨しそうなのを感じ取ったのか摂貴神の目が穂琥へ向く。
「その小娘が穂琥さ」
簾乃神の言葉に摂貴神は興味を持ったように声を漏らした。
「ふーん」
そんなにたいそうな娘には見えないと言いたげなその表情に穂琥はどんどん怒りが沸いてくる。それが一体何故なのかわからないというのに。
「で?そっちの餓鬼は?」
「テイアの小僧だ。愨夸と朋だと」
「ほほー?」
この場にいるもの全ての存在を確認した摂貴神は薪へと眼を移した。
「己の一族が消し損ねた一族と寄りを戻そうってかぁ?末裔とそうしていれば己に付いた泥が落ちるとでも思っているのか?」
口元がにやりと笑っているというのに眼が一切笑っていない。それに僅かな恐怖を覚えつつもそのあまりの態度に穂琥は憤慨寸前まで来ていた。
「泣き喚け。お前に似合いの格好だ」
摂貴神の発した言葉に薪は酷く動揺した。瞳を震わせただ黙っている。しかしそれを見て。そんな震えを眼にして。頭の中で何かが爆発した。
「ふざけないでよ!!あなたが薪の何を知っているというの!?薪がどんな思いでここまで来ているか全くわからないくせに、変なこと言わないで!!」
神気すらも震わす怒号が部屋中に響いた。それに硬直して固まる薪と儒楠。それを僅かに愉しそうに眺める簾乃神。そして。
「ほう・・・?」
にやついた表情を消して無表情で見下ろす摂貴神。
「神と・・・神と崇められている存在で在りながら!そんな態度はどうなのよ!いくら何でも言っていい事と悪いことがあるわよ!!」
暴走する穂琥。それを見てやっと我に返った薪が必死で止めに入る。
「よ、止せって!穂琥!神の御前だ!落ち着け・・・!」
「いやぁ!!薪のこと、なんにもわかっていない!そんなひどいことを言うようなのの何処が神なのよ!」
頭を振って冷静さを完全に欠いてしまっている穂琥をどう宥めるか必死で考える薪。摂貴神が言葉を発する前に摂貴神へ謝罪の言葉を述べなければならない。
「も、申し訳御座いません・・・!あ、後でしっかりといって聞かせます・・・。故に・・・」
「どうしてよ!そんなひどいことを言うような神なんて!!」
「頼むから落ち着いてくれ!穂琥!」
薪の言葉を一切耳に入れない穂琥の姿を見て儒楠はひどく驚く。そんな穂琥の姿を見たことがない。よほど、摂貴神の言葉が頭に来たのだろう。
「落ち着け」
荒れた声と焦った声の響き渡る部屋の中に怖いくらい落ち着いた美しい声が鳴り渡り、一瞬で静かになる。
「さぁ、落ち着いて。ようく場を考えろ」
簾乃神がそっと穂琥を包むように抱き込む。あまりの突然のその出来ごとに穂琥は頭の中が真っ白になった。それを見ていた薪も白くなった。
「さてさて。面白いものよのぉ。なぁ、摂貴」
「・・・だなぁ。眞匏祗とはこういうものなのか?」
「いいや、恐らくは『ニンゲン』だろうな」
「ほう?」
摂貴神が面白そうに声を上げた。
「この娘、長いことニンゲンの世界で過ごしてきた。故に思考はニンゲンそのものだ」
簾乃神のにやりと笑った表情を摂貴神が眼に収める。神が互いに眼を見合わせ笑い合う。こんな光景を一体どうやってみていれば良いものか。穂琥にいたっては簾乃神に抱かれままだ。しゃらんと摂貴神の首に掛かっている漆黒の輪が鳴る。
「落ち着けたか?」
簾乃神はふっと穂琥を胸から離す。落ち着きを戻した穂琥は必死で何度も頷く。簾乃神に抱かれたその感覚が穂琥はなんともいえないくらいほっとした。そして暖かかった。
「そうだなぁ・・・・。力の弱いお前に何が出来る?そこまで吠えるのなら何かしらあるのだろう?」
摂貴神の言葉に再び怒りが湧き起こる。しかし、今度はそれが暴発することはない。なんたって彼が言った言葉は事実なのだから。弱くて何も出来ないことを知っているから。そしてそれと同時に何もない自分がそこにいたから。何も反論できなかった。
「摂貴神。お願い申し上げます。オレの事は好きなだけ言っていただいて結構です。しかし、妹を責めるのだけは御止しください」
薪の切実な言葉に摂貴神はにやりと笑う。そしてそれに伴い、簾乃神までもがにやりと笑みを浮かべた。
「良いだろう。その根性、気に入った。面白いじゃないか」
「ほう?確か『眞匏祗如き』とか言っていなかったか?」
摂貴神の言葉を聞いて簾乃神が面白そうに声をかぶせた。高いとも低いともいえない美しい美声が地を振るわせるように思える強く低い声を覆っていく。
「ま。そうだが。いいさ。面白いものが見られた。十分だ」
摂貴神は薪に向かい孜々緒という場所にいる駕南火に会う様に伝えてその場から消えた。神気が一つ減って少しだけ呼吸の余裕を得た薪たちだった。