第四十八話 愨夸の責務
腕を組んで考えている儒楠とその様子を上目で見ている薪。何処から見てもそっくりで。こういうのを瓜二つというのだろうが、どこかまだ薪に騙されているのではないかと不安になる籐下だった。薪に兄弟はいなかったはずだから肉親ではないのだろうかと思考していた。
思い出したのか、儒楠は腕組みを解いて腰に手を当てた。
「李湖南、確か正地の末裔、だった気がする」
「なるほど・・・。そういうことか・・・」
「自信はねぇよ?記憶が定かでは・・」
「いや、たぶん合っているだろうな」
正地とは昔、強大な力を有していた眞匏祗たちが集っていた場所。それを懼れた当時愨夸、巧伎がその一族を全て壊した。李湖南を除いて。おそらく李湖南は運よくその場から逃げられたかはたまたいなかったか、のどちらかだ。『スウェラ』と言っていたのは当時、巧伎がその正地で使っていた名であった。無論、他の場所でも使用しているために李湖南がそこの生まれだということに気づくのが遅れた原因でもある。
「まぁ、その李湖南と少し遣り合ってね。そうしたら意識不明状態に陥って最終的には何故か知らないけれど綺邑に助けられた」
「え・・・?綺邑が・・・?!アイツ、お前のこと助けるの!?」
「私がお願いしたらきいてくれたの!」
「あ・・・そうなんだ?」
穂琥に対する綺邑の感情は一体何なのだろうか。そんな事知らないけれど。ともかくそう言ったわけで穂琥から守護するのを一時外れたということを伝えて儒楠が呆れたように肩を落とした。
「大丈夫、なのか?」
「まぁね、とりあえず今は元気」
心配する籐下に薪は笑って答える。それに満足したのか用件はそれだけだからといって籐下は薪の家を後にした。
籐下がいなくなって薪はやっと儒楠と話をする。
「何をしに来たんだ?」
「ん・・・・」
言葉に詰まった儒楠に疑問の表情を送ったが儒楠はどこか渋りながらも仕方なく口を開く。しかし、これは別に儒楠が言いづらいのではなく、薪が回答しづらいのだと儒楠の言葉を聞いて思った薪だった。
「次代、愨夸の・・・話になったんだよねぇ~?オレなんかじゃ決められないでしょ~?」
「ったく・・・・・。っはぁ~・・・・」
薪が妙に困ったように頭を抱えたので穂琥がどうしたのか尋ねたところ、今度は儒楠だけではなく薪まで回答を渋ってしまった。
「というかそのくらいの伝令なら称報でもいいじゃねぇかよ」
「いや・・・」
言葉を渋りながら儒楠は右手を前に出した。するとその手に僅かに光が集まり紙が現れた。そしてそれを薪に渡す。薪はそれを見てげっ、と声を漏らした。
「どーする?このままじゃ愨夸の血が途絶えちゃうよ~?って長夸が」
「んなろう!そんな事知るかぁ!!」
持っていた紙を引き裂いて木っ端微塵にして最終的には燃やして消滅させる。それを困ったような笑みを浮かべて見詰める儒楠。
「え?・・・あの、何?」
唯一、この場についてこられていない穂琥が薪と儒楠を交互に見ながら尋ねる。先ほどきいた新しい単語、称報についても。
「あぁ、称報って言うのはここ、地球と仭狛を眞稀で繋いで会話する、電話?見たいなものさ。あぁ、先に言っておくが、穂琥みたなコントロールもまともに出来ないような『バカ』がやっても無意味だからわざわざ教えるような事はしなかった」
無駄に説得力があるがかなり腹の立つ言葉に穂琥はどう反撃しようか悩んだ挙句、反撃など出来ないと諦めた。
「さて。どうやって長夸を言いくるめるか・・・」
気を取り直したように薪が言う。儒楠は苦笑いしながら右手を出してふっと眞稀を集中させる。するとその手には紙が現れた。先ほど薪が燃焼させたもののように見えた。
「何だ、役夸の方は良いのか?」
「あっちはいまだにオレにビビッているから支障はない。いいことじゃないけどね」
「確かに」
薪の言葉に今度は本当に可笑しそうに儒楠が相槌を打つ。
「ねぇ?その紙何?」
儒楠がヒラヒラとさせている紙をさして穂琥が尋ねると、一気に空気が重たくなった気がしてその空気を感じ取って穂琥は固まった。あれ?まずいこと聞いた?
「まぁ、その・・・。あれだ。見合いの写真だよ」
儒楠が呆れたような笑みを浮かべてそう言ったので穂琥はさらに固まった。
「・・・・え?結・・・?え・・・?」
「はは。地球育ちの穂琥には少し有り得ない話かな?でも当然だよ。この年になって許婚の一祇もいないなんて愨夸としてあっちゃ駄目だろう」
儒楠が簡単にそういうので穂琥は固まった首をぎこちなく動かして頷いた。
「薪は愨夸だからなぁ~?その血を絶やしちゃ駄目でしょ。前愨夸は結構早めに決まっていたらしいけどね?薪が決めないから役夸とか、特に長夸とかが困り気味らしいよ」
「知るか」
儒楠の説明に薪が不貞腐れて答える。
「オレはそんな事考えている余裕はねぇよ。今はとにかく仭狛をよく改良していかなければならないわけだし・・」
「だからそれを支える相手だろう?」
「いらん!オレは穂琥と儒楠がいればそれでいい」
「お前、面倒だからそう答えたな・・・」
「よくお分かりで」
はぁ、とため息をつく儒楠。それを見ている穂琥はいまだに硬直が解けない。
今回はどうやって言いくるめるかを必死に悩んでいる様子を見るとどうやら今回が初めてではないようだった。そうして悩んでいる薪を見て穂琥はふっと頭に『妄想』が駆け巡る。それを考えていくうちに自然と口元がにやけていくことに気づかなかった。
「なんか腹が立つ顔しているんだけど、やっていいか?」
「いや、抑えろって・・・」
「・・え?!あ・・・!!ゴメン!私ったら・・・!」
穂琥はぶんぶんと頭を振ってにやにやを吹き飛ばす。が、直ぐにニヤニヤが浮かんでくるらしくついには薪の怒りを買った。
「てめ、本当にヤるぞ。コラ。あ?」
「すす、すいません・・・!!」
「はいはい、お二方!落ち着く~」
儒楠が仲裁に入る。ふんと鼻を鳴らして薪はそっぽを向いて長夸への対策を練ることにしたようだった。そんな薪の背中を見てまたもやニヤリと笑う穂琥。
「あのね・・・穂琥。そういう考え・・・妄想?はやめなよ・・・」
「え・・・・?」
「まぁ、あくまで想像だけどなんとなくわかるわ・・・。穂琥の考えていること・・・」
「嘘!?薪にもばれる!?」
「いや、薪はそういうの疎いから大丈夫だと思うけど・・・」
「ほっ・・・」
胸をなでおろした穂琥を見て深いため息をつく儒楠。穂琥の妄想は決してありえることではないことを儒楠も、無論それをしていた穂琥自身もわかりきっていることなのだった。