第四十五話 己を制するもの
薪が睡眠に入って五時間くらい経った。まだだるい感じが残っていそうな雰囲気を醸し出しながら薪が寝室から降りてきた。そんな薪を見てふっと思う。そういえば薪は修行といってその場に座り込んで微動だにしなかった。それが本当に修行になるのだろうか。
降りてきた薪に早速それを尋ねる。
「ねぇ、薪。聞きたいことがあるん・・」
「ヤダ」
穂琥が完全に聞き終わる前に薪の却下の言葉が下る。
「いや、雰囲気で。面倒くさそうだったから却下した」
「酷い!良いじゃない!教えてよ!薪の修行って何やるの!?」
穂琥の質問にやっぱり面倒な質問だったなぁと顔をしかめる薪。
「はぁぁ・・」
「うっわ!深いため息!?そんなに面倒!?」
「煩いわぁ~・・・」
「ひど!?」
なんだか、修行のときとのギャップが激しすぎてそろそろ心が折れそう。どうして修行の時はあんなに優しかったのに。
薪は再びの深いため息のあと、仕方ないから教えてやるといって椅子に腰を下ろした。
「オレくらいになるとどうしても対戦相手が必要になるんだよ。もう得るものはないからね。いや、ないわけじゃないけど・・・」
薪は少し曖昧な言葉で自分の言葉を否定したがどうやら今それを詳しく言うつもりはないらしくそれ以上は言わなかった。
つまり、薪は穂琥と違って新たに得るものは特にない。つまり穂琥のようにダミーを生成してそれに向って修行するような事は必要ない。必要なのは穂琥にも言ったとおり、実戦。とはいってもこの地球に薪と拮抗できる修行相手がいるわけもない。ならどうするか。相手を作るしかない。
とはいっても簡単に自分と拮抗できるモノを作ることができるわけもなく、薪は地べたに座り精神を集中させる。そうすることで薪の精神が仭狛と繋がることができる。簡単に言っているが相当困難を要するもので修行のためにとわざわざするような行為ではない。
「え?じゃぁ、向こうにいる眞匏祗と精神的な世界?で戦闘訓練していたって言うこと?」
「まぁ、そういうことだな。正確には儒楠と」
「あ・・・・なるほど・・・」
薪の言葉に何だか不服感を覚えた穂琥だった。薪だけ向こうと繋がっていたということが何だか不服。
「とはいってもやっぱり実際に身体を動かしているわけでもないしイメージトレーニングみたいなものだからそろそろこの方法では成長できなくなるな」
「え゛・・・これ以上強くなる必要があるの・・・?!」
少し引いた感じで薪にそういうと珍しく薪は穂琥を馬鹿にするでもなく真剣な表情で穂琥を見据えた。それに胸の奥がどこかちくりと痛んだ気がした穂琥だった。
「オレはまだ弱いよ。弱くなければ綺邑みたいな死神の力を借りることもないし、何より穂琥を傷つける羽目にはならなかった」
薪のその言葉の重みは痛いほど穂琥もわかった。何より穂琥自身がそれを願っているのだから。誰も傷つかないその世界を。しかしそれが薪の口から言われるとどこか不思議な気もした。
「まぁ、そういうこと。だからオレはまだまだ強くなりたいし、ならなくちゃいけないんだよ」
薪はそっと穂琥に微笑みかけた。
「自分でも、他の誰でもない、ただ純粋に穂琥のために」
薪はなんとも暖かな笑みを浮かべてそう言った。そして薪は再び疲労回復のために睡眠を取るといって寝室へ上がっていった。