第四十話 人間に与えられた珠
秩江という場所にたどり着く。そこは随分な田舎の風景でどこか長閑だった。しかしそれに反して薪は少し呆れたような顔だったが文句を言った。
「手に入れるには骨が折れそうだ」
「え?」
薪の呆れた視線が向かう先には村人と思える者たちがわらわら集まってきていた。どこからどう見ても歓迎とは思えない。何故って、歓迎する側を桑やら釜やら包丁やらを持って出迎える村がどこにある。
「勝手な進入を謝ります。李湖南殿から伺いここに参りました」
薪の言葉を聞いて村人たちはざわつきだす。村の者たちは李湖南様、と呼び崇拝している風を見せた。それに穂琥が不機嫌になったのを宥めながら薪は言葉を発しようとしたが抑え切れなかった穂琥の言葉が爆発する。
「あんたらねぇ!李湖南って奴がどんなんか知らないでしょ!!」
「知らなくていいから!お前は黙ってて!ややこしくなる!」
「やぁだぁ!離して!私の怒りは治まらない!」
「治まらなくていいから!とにかく黙ってて!」
薪の肘鉄が穂琥のわき腹に命中し、穂琥はしばらく再起不能となった。
咳払いをして薪は村人に向かう。村人は未だに警戒をしている。
「静かに」
空気を割って鳴った声に皆がざわつきを止める。現れたのは美しい女性だった。しかし、穂琥の眼は完全におかしな方向に走っているためにその女性を美しいとは思うが絶品とは思えなかった。
―ん~、簾乃神様や、お姉ちゃんのほうが断然綺麗だしなぁ~
比べる対象がおかしい穂琥だった。
女性は薪に深々と頭を下げた。
「申し訳ない。李湖南殿とは関係があるわけではないのだが、少しこの村に置かれている『宝』を拝見いたしたく」
薪が丁寧な声でそういうと女性は少し悩んだ風に見せて断ったらどうするかを尋ねてきた。
「・・・ほう、オレを試すか?」
「・・・いえ、別に」
急に口調が変わったために村人は面を食らったようだったが女性は以前と毅然としていた。
「本当なら帰りたいが今回のそれはそうも行かないのでね。無理にでも奪おうかな、悪役になってでも」
女性は鋭い目つきで薪を睨みつけた。しかし薪がその程度で怯むはずもない。(綺邑のほうが断然鋭くいたいのだから)肩を落として薪はため息をつく。
「まあ、そこまでいうなら見るだけにしますよ」
「え?!ここにおいて置いたら危な・・」
「はい、黙る~」
復活しかけた穂琥がさらにまた再起不能となる。
「危ない・・・?」
女性が穂琥の言葉を聞き取って怪訝そうな顔で尋ねる。
「いや、なに。大したことじゃないよ。今までだってそうだっただろう?」
「・・・」
薪の発言を怪しく思ったのか女性は少しだけ警戒したそぶりを見せた。
「その『宝』はもともとオレの所有物だ。それを回収しに来たんだがそこまで大切に思っているならあまり手出しはしたくないから、この先安全でいられるように工夫をしておくよ」
薪が軽い口調でそういう。
「その話、信ずる証拠は?」
女性は尋ねる。
「ない」
薪は言い切る。無論だ。初めて会ったものにその警戒をおろして信じろなどということは並大抵のことでは出来ない。
「わかりました。ひとまず見せましょう。私はここで導師として役割を果たしています」
「そうか」
導師は薪たちに『宝』のある場所を教えてくれた。そちらの方向を見て薪の眼が大きく見開かれたことに驚いた。どうやらとある洞窟の奥に祭られるようにしてそれはあるらしいが、最早手遅れに近かったようで『宝』つまり痲臨は今、暴発しようとしていた。これが悪しき痲臨の使い方。李湖南が一体なにを求めてこの様なことをしたのか知らないが。痲臨は溜め込んだ眞稀の分だけ静かにすごしそれがなくなった途端大きな爆発を起こす。それは一種の練成。周囲の命をかき消しそれらの魂を痲臨は溜め込む。そしてその溜め込んだ魂は恐ろしいほどの力を有している。
それが今、爆発しようとしている。それを感知した薪はしばらく考えてから眼を洞窟から放さずに導師に尋ねる。
「ねぇ。今からオレのすることを見て、誰にも他言しないと約束してもらえないだろうか?」
「・・・?」
「ちょっと薪!?まさか替装するつもりじゃ?!」
「仕方ないだろう。痲臨を止めるには今のままじゃ無理だ」
導師は怪訝な顔をしている。聞きなれない言葉を聞いて戸惑っているようだった。ひとまず、今は時間がない。たとえこの女性が今から目にすることを他言してしまうようなことがあったとしても今はとにかくそれどころではない。薪は踏ん張って替装する。
薪は替装して両手を前に出して洞窟のほうに向ける。そして一瞬だけ眼を閉じてその手に眞稀を込める。その時、洞窟の奥で小さな爆発音が聞こえた。