第四話 愨夸と人間の繋がり
ふわっと浮いた気持ちの悪い感覚。これが移動術の特徴。全く別の場所へ移動できる技。気持ちの悪い浮遊感が終わってやっと地面に足が着く。そうして目の前に広がる広大な土地と屋敷。一体ここはどこだ?
「ここって・・・何!?」
「入ればわかるんじゃないか?」
薪はしれっとした顔をしてさっさと歩き始める。穂琥はそれに習うしか出来なくて薪の後を着いていく。
薪はその広大な土地にずかずかと入り込んでいく。中に入ると警察のような格好をしたものが鋭く睨んできた。しかし薪はそれすら気にする様子も無くどんどん進んでいくが、その警察のようなものが近寄ってきて問い詰める。
「君達!ここは君たちが入って良い様な場所ではないぞ!帰りなさい!」
荒れの滲むその声には怒りというより警戒だった。確かにこの場は他の場所に無いどこか神聖な気配を匂わせてはいるが、穂琥には一体ここがどこなのかは知らない。その警察のような男性は薪の腕を掴む。
「君!」
その声に流石に薪は反応を示してため息をついた。男性の目の前に手帳のようなものを押し付ける。それを一瞬だけ如何わしい表情をした後、はっとした顔をしてから薪の顔とその手帳とを見比べた。それからいまだに不信感の残る顔のまま通ることを受諾した。
穂琥はその手帳に疑問はあまり持たなかった。薪は眞匏祗で、ここは地球。人間の住まう場所。人間の世界に『まほう』なんて存在しない。故にそんな『何処にでも入ることが出来る券』などというものを簡単に入手できなくて当然ではあるが、眞匏祗である以上それらの『偽装』は簡単に出来る。が、薪の行動には疑問を覚えた。薪はあまりこういった無理強いするような行為はしない。よって、偽装するなんて如何わしい行為をするとはとても思えないからだ。
「ねぇ、薪。さっきの手帳って何・・・?なんだか怪しい・・・」
「大したものじゃねぇよ、オレら眞匏祗にしてみれば」
そう言って薪は手帳を穂琥に渡してくれた。手帳といっても中身は紙があるわけではなく、何かの紋章のようなものが描かれているだけだった。どちらかというと警察手帳のようにも思えた。紋章が違うけれど。
進んでいくとそれはまぁ、大きな屋敷が見える。薪は何のためらいも無くその中に入っていく。流石に穂琥も焦って身を萎縮させた。中に入ると脇に小さな扉がある。その扉に入るとそこは人が2、3人入ることが出来るか出来ないか位の小さな空間だった。
「ここ、何?何をする場所なの?」
「空間移動をする場所だ」
「・・・へ?」
人間の造った施設にそんなものが存在するわけも無い。しかし薪はそこで移動術を行使して全く同じ場所へ移動する。
そこの扉を開けるとそこには美しい女性がいた。穂琥はその女性に一瞬見とれてその後に目を大きく見開いた。その女性を穂琥は知っている。そしてどんな女性かを知っている。故に驚いたのだ。そして彼女のほうもとても驚いているようだった。驚き具合では両者とも引け劣ることは無かった。そんな中に響いた張りのある声。
「急な訪問をお許しください」
薪の声を聞いて女性は驚いた表情から通常の表情へと戻した。それから一体何をしに来たのかを尋ねる。その声は少しだけ震えていた。
「まずはこれ、証明書を」
薪は先程の警察のようなものに見せた手帳をその女性に見せる。女性は顔の奥で震えを見せた。しかし表には決してその様子を出さない。気丈な女性だと穂琥は感じた。それでも彼女の顔は蒼白になっていた。
「そ、それで今回は何用で・・・?」
彼女は礼儀正しく起立して薪に向う。薪も同じ様に起立して向う。硬くなっている女性に薪はそっと笑いかける。
「そんなに硬くならなくても。父上は少し異常でしただけです。今回危害を加えるようなことはいたしません」
そっと話した薪の言葉に彼女は少しだけ安どの表情を見せた。
安堵した彼女とは裏腹に穂琥は衝撃を受けて仕方なかった。
彼女は間違うことなく人間だ。その彼女に薪は『父は』と語った。つまりは薪の父を知っていることになる。そして今の薪とは異なり、父、つまり巧伎が眞匏祗であることを隠して彼女と接したとはとても思えない。
「巧伎様は・・・?」
「・・・他界した。随分と前に。それの報告を兼ねてここへ来させてもらいました。遅くなってしまったことをお詫びします」
「い、いいえ・・・」
彼女の瞳は揺れていた。
まさか人間とこんな関わりを持っていたというのか。驚きでしょうがない。巧伎がこの女性を殺さなかったことが少し意外にも思えるほど、彼女の権力は相当強い、はずだ。愨夸を前にすればかすんでしまうけれど、この地球にとっては相当な権力。
「あの、陛下。失礼致し・・・客人ですか・・・?」
部屋に入ってきた一人の男性。
名前を確か、貴船小夜と言った。この女性は何を隠そう、この地球のトップ所有者、天皇陛下というわけになる。
入ってきた男性を小夜は何とか宥めて部屋から追い出した。薪は申し訳ないと謝罪の言葉を述べるが小夜は必死でそれを否定する。
「いえ、貴方様が悪いわけではありませんので」
小夜の敬語に一瞬だけ薪は不機嫌そうな顔をしたが直ぐに戻した。もとより彼女は敬語を使用する立場の人間なのだから当然だ。相手が愨夸であろうが何であろうが関係ないということを思い出す。
「それで。何用でしょう?」
最初よりは大分落ち着いたその声に薪は安心したような顔をしていた。
「痲臨という危険な宝玉が此方に来てしまって。それを回収するのが今回この地球にお邪魔させていただ理由です」
小夜は痲臨と言う言葉を聞いて目を丸くした。別にその言葉を知らないわけでは無さそうだった。とすると、おそらく巧伎からの情報を与えられているのだろう。
「それの回収作業をするので多少なりともこの地球の軸が揺らぐかもしれませんが、揺らいだぶんはしっかりと元に戻しますので」
小夜は納得したように美しく頷く。
それに反して穂琥はそろそろ我慢の限界に達していた。
「薪!一体何?!天皇陛下だよ!?この世界のトップだよ!?っていうか人間だよ?!何考えているの!?」
「何も考えていないお前には言われたくない台詞だな」
「酷い!」
突然話に乱入してきた穂琥に小夜は酷く驚いていた。まるで今までその存在に気づかなかったみたいに。震える声で穂琥が何であるのかを尋ねてきた。
「私は穂琥です!ホク=スィンス=トゥウェルブ!薪の妹です!」
陽気に答える穂琥に少し面食らったように頷いていた。
「さて、お忙しいところ時間を頂いてしまって申し訳なかった。ではまた来ます。その時は良い報告を持って」
小夜はその言葉にはっとしたように深々と頭を下げた。そうして薪と穂琥はきたところから帰るのだった。
「薪様・・・、ですか。愨夸もお変わりになられるのですね・・・。巧伎様と異なり素晴らしい方です・・・」
小夜は一人になった部屋でそう呟いた。
穂琥はひたすら薪に投げかける。人間ともそんなかかわりがあるなんて知らなかった。しかも相手は天皇陛下ときたら驚きだ。しかし、薪はさらりと凄いことを言ってのける。
「ま、所詮天皇だしなぁ。愨夸なんかを前にしたらまだまだ小さい存在だよ」
本当に我が兄ながら一体何処までコイツは・・・。穂琥は小さくため息をつく。ここに来てより薪を遠く感じた穂琥だった。
そんな薪はこの皇居に危害が及ばないように普通には見えない特殊なシールドを張った。これでおそらく、相当の手誰が登場しない限りここに手を出すことは出来ないだろう。
皇居を出ると穂琥は鋭く肌を刺す殺気に似た眞稀を感じた。それを薪に伝えると少しやわらかい笑みを向けてきた。
「そういうの、分かるようになったんだなぁ~」
「なんか腹立つ!それ所じゃないでしょ?!」
「はいはい」
妹のちょっとした成長を噛み締めながら薪は足に眞稀をためる。穂琥がその行為に疑問を感じている間に、薪はさっと穂琥を抱えて空へと飛び上がるのだった。無論、穂琥の大絶叫をおまけして。