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眞匏祗’  作者: ノノギ
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第三十七話 その眼が開く

 家に帰って薪の眠る部屋にそっと入る。すでに家に着いているために綺邑は人型を止めて本来の姿に戻っていた。


「眼・・・覚ますよね?」


そっと尋ねた穂琥の目は薪を見るでもなくぼんやりとしていた。


「だろうな」

「死なないよね?」

「だろうな」


綺邑からの無機質なその返答に少しだけむっとした。


「どうしてそんな風に言い切れるの?だってわからないじゃない?」

「お前、私を誰だと思っている?」

「あ・・・」

「私は死神だ。死者の行方を左右する者だ。私が死なないと言った。なら死なない」


綺邑の言葉の説得力に負けて穂琥は押し黙った。そうだ。彼女は死神なのだ。ならば大丈夫なのかもしれない。それでも不安が完全に消えるわけも無かった。


 その夜、穂琥は綺邑に一つのお願いをした。その願いに綺邑は唸る様な声を発して何も答えずに消えてしまった。あれは決して肯定の沈黙ではない。悩んだ末の沈黙だ。否定するわけでも肯定するわけでもない。だから聞き入れてくれたかそうではないのか穂琥にはわからなかった。


 穂琥が就寝した後、綺邑は薪の眠っている部屋にすっと顕現した。薄暗い部屋。


 そんな薪を軽く睨んで綺邑はため息をつく。いつまでも寝ている薪に苛立つ綺邑。向かいの部屋で眠っている少女の不安を考えているのかと。


―致し方ない。これ以上世話をするのも面倒だ


綺邑はふっと薪に近づき思いがけない行動に出た。


 今まで動かなかった薪の身体が僅かに動いたのはそのときだった。


「ん・・・」


少し苦しそうに声を漏らして薪が眼を開ける。そしてぼやける視界に移ったその姿を見てそれの名を呼ぶ。


「き、ゆ・・?」

「ふん」


ぼけている頭が次第にはっきりする。そして目の前に居るのが本当に綺邑であることに気づいて驚いて飛び起きた、と同時に全身に痛みが走りぬけ薪は倒れるように枕に頭を戻した。


「貴様、死にたいのか」

「いや、そんなわけないでしょ。 何で・・・。魂石に感じるこれは・・・眞稀じゃねぇな。お前か」


綺邑はそれに返事をしない。薪は少し意外そうな表情を浮かべながらも綺邑に礼の言葉を述べる。不機嫌そうに鼻を鳴らして綺邑は穂琥の居るであろう方向を見てくいと顔を動かす。


「穂琥・・・」

「行ってやれば」


冷たいその言葉に苦笑いをしながら薪はゆっくりと立ち上がってふらふらした足取りで穂琥いる部屋をノックする。


「はーい」


間の抜けた声、否。安心できる暖かい声。扉を開けて視線がぶつかる。そして穂琥の眼は見る見るうちに大きく見開かれ叫びながら飛び込んできた。


「薪―!馬鹿!!」


飛びつかれ、力が入らず後ろに倒れる。


「いって」

「いてて・・・ご、ごめん!でもよかった!!」


心底安心したような顔でそういう。そんな穂琥の顔を見て薪もどこか落ち着き安心する。薪の部屋から呆れた顔で綺邑が出てくる。


「あ」

「あ~、なんかよくわからんけど助けてもらった」

「そっか!じゃぁ私のお願い聞いてくれたんだ!」


妙に嬉しそうな声を上げて綺邑に笑いかける穂琥。それを見て薪は首をかしげる。お願いが何だと聞いても穂琥は内緒だと言ってにかにか笑う。


 はぁとため息をつく綺邑。それを聞き取った薪が驚いた表情を見せた。どうやら綺邑がため息など珍しいなんてものではないらしい。


「それと居るとしたくなる」

「だろう」

「わっ!それどういう意味よ!」


綺邑と薪の会話に穂琥が割り込む。そのままの意味だと返す薪に穂琥はまたもや馬鹿の連呼で薪を叩く。


「で?綺邑よ。こいつの世話をしてくれたって?」


落ち着いてから薪がそういった。綺邑は黙した。それは恐らく是の沈黙。その意外な行動もさることながら綺邑を前にしても穂琥がむくれなくなったことの進化にも驚く。果たして綺邑に丸め込まれたのか穂琥が認めたのか。知ったことではないが女とは難しい生き物だと思うのだった。


―オレ、男でよかったなぁ~


「何考えているの?」


穂琥に突っ込まれる。


「下らない事だろう」


綺邑に図星を突かれる。薪は苦笑いして綺邑の言葉を肯定する。


「でも、本当に面倒見てくれてすごく優しかったよ?」

「綺邑が?」

「うん」


嬉しそうに笑う穂琥に薪はひとまずよかったと肩を落とす。それにしても綺邑が穂琥に甘いのは一体なぜか少し気になるところではあるが。そもそも果たして穂琥に甘いのか、薪に厳しいのか。知らないことだが。


「それにしても薪とは違ってお姉ちゃんは文句も言わずに散歩に付き合ってくれるんだから!」

「あ、そうですか。・・・・え?」


聞きなれない単語が穂琥の言葉の中に有ったような気がして薪は穂琥を二度見する。


「おね・・・?!」

「うん!」

「はぁ・・・」


薪の驚きの言葉に穂琥が答え、綺邑が再び野ため息を漏らす。一瞬の静寂した空気に穂琥は疑問を覚え首を傾げたがどこか何かを理解したらしい薪がにやりと笑う。


「はっはぁ~ん。なぁるほどねぇ~」


妙に間延びしたその言葉に綺邑の眼光が鋭く光る。それを見た穂琥は今まで穂琥に向けていたものは睨むや威嚇するといった類のものではないことを悟る。その強さと来たら穂琥なら心が折れてしまいそうなくらいだった。しかしそれをもろともしていない薪の根性も中々大したものかもしれない。


「お前にそんな感情があるとはなぁ~」


楽しそうに笑っていた薪の顔が急に焦った表情になったので穂琥は綺邑を見ると確実に戦闘態勢だった。


「っと、逃げます」


薪はそそくさとその場から離れる。離れた瞬間、綺邑の踵落しがそこに入る。薪が逃げていなければ直撃だっただろう。


「貴様っ」

「わっ!?ごめん!マジ悪かった!!」


薪は綺邑の攻撃を必死になってよける。ここで穂琥が思うのは薪とこんなキャラだったかということ。比較的この光景は見慣れ始めている。つまり薪が綺邑を挑発、というのか。とにかくそういった類の発言をすることから勃発するのだが、つまりは薪の言動に問題があるわけだ。薪は学習というものはしないのだろうか。不思議だ。


「止めろって!本当に!こんな激しい運動量じゃまた夢の中だって!!」

「知るか、落ちろ」


綺邑の言葉に若干本気を感じて焦る薪。必死で逃げいる最中、ふっと綺邑の動きが止まった。


「ん?どうした?汗が出てるぜ?」

「ふん」


綺邑は暑さからかフードを取った。ふわっと肩までの橙の髪が揺れる。茶色も綺麗だったがやはりこの色のほうが綺邑には美しく似合う。


「相変わらず澄ましてんな」

「黙れ」


綺邑は薪を一瞥してから帰ると告げて消えた。


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