第三十六話 思い出の場所
夕方。太陽が沈みそうなとき。とある公園に足を踏み入れた。思い出の場所。見せたいものがあって綺邑を引っ張ってきた。果たして穂琥の思ったとおりのことを感じてくれるかは知らない。死神である綺邑が人間や眞匏祗と同じような感性を持っているかは理解など出来ないから。それでも自分たちはこういうもの心を動かされるんだということを知ってもらいたかった。
「こっちですよ!早く、早く!」
まるで子供のようにはしゃぐ穂琥にほとんど表情など無く付いていく綺邑。はたから見たら一体どんな風に移るのやら。
公園の隅に人の背よりも高く植物が生えそろっているところがある。大抵はそこを素通りするのだが、穂琥はその草を掻き分けて中に入っていく。その行動に肩を落とす綺邑。諦めて付いていくしかない。
「早く!間に合ったよ!!」
「間に合った?」
「うん、夕日!」
草の中から穂琥の嬉しそうな声が聞こえるので仕方なく草を掻き分けて中に入る。本来、死神の姿であるのならばこんな草を掻き分けるまでも無く通ることが出来るのだが、あいにく今は人の型のため、通るのに苦労を強いられる。
草を抜けると空間が開けた。人が2、3人居座れそうな空間で崖になっており、ふちには手すりがある。その手すりに手を付いて穂琥が嬉しそうに夕日を指す。
「ほら!沈みかけの夕日が、下の街を照らしているの!紅くて綺麗でしょう?」
綺邑がそれにどう感じるかは知らない。それでもあえて同意を求めるように綺邑へ言葉を投げかけてみた。するとそれを見た綺邑は少しだけ眼を細めた。
「ほう」
綺邑はそれだけ言うとそれきり言葉を発しなかった。でも表情は満更でもなさそうだったので穂琥はほっとする。
「ここ、思い出の場所なんですよ」
穂琥は夕日に照らされながら嬉しくなって綺邑に話す。
穂琥は過去の記憶を馳せる。まだ地球に居たとき。眞匏祗の地へ行く前。いや、その眞匏祗の地へ行こうとしていたとき。薪がここへ連れて来た。街が一望できるこの場所へ。次、いつ地球にこられるかわからないからよく見ておけば、ということらしくつれてきてもらった場所だった。ここは人の立ち入りが全く無く気兼ねすることが無かった。
「そこでね、刀をもらったんです。薪が愛用していた舞姫とかは流石に無理ですけど、風雲っていう刀です」
穂琥はさっと前に手を前に出してそれを出す。煌く刀身に夕日が反射してなんとも美しく光を放った。
「大した刀だな」
「わかります?へへ・・・。そうなんです。薪としては己を身を護るためにって渡してくれたんですけど、私にとって薪からの初めてのもらい物で嬉しくて・・・」
ただそれだけ。薪の中で身を護るため以外の深い意味は無い。それでもなんとなく嬉しくて堪らなかった。自分で調達しろとかではなく、薪からもらえたことが。それは自分でも馬鹿らしいと思う。でも。
「別に良いんじゃないか。信じる者から譲り受けた物とは大抵そういう物だろう」
予想外の綺邑の同意にさらに穂琥は嬉しくなる。へへっと笑う穂琥。そろそろ太陽が街の向こうに消えてしまいそうだった。
「そろそろ帰るぞ、穂琥」
「うん!」
元気に返事をする穂琥。それからはたと硬直する。綺邑に何かと聞かれてなんでもないと言って歩を進める。
どうやらここは穂琥にとって本当に特別な場所のようだった。綺邑が初めて穂琥の名を呼んだ。小もないことだろうか。いいや、きっとそれはとても素敵なこと。
「何故こうしたかった?この程度、お前だけでも良いだろうに」
「それは・・・」
穂琥は少しだけ口ごもる。そしてちらりと横目で綺邑を見る。美しくも格好良いその姿に見惚れる。そしてそっと自分の思いを口にする。
穂琥には姉が居ない。当然のことだが。でも同性の姉妹とはほしいと思う穂琥だった。それを実感したのは綺邑との接触ではあるのだが。薪ですら頭の上がらない綺邑がどこか姉のような気分になって、それが嬉しくて。世話をしてくれるし頼み語とも聞いてくれるし。素敵な姉のような存在。
「あ!そうだ!お願い!」
穂琥が綺邑に尋ねたこと。綺邑はそれをしばらく考えた後、若干渋々といった風に承諾した。それが嬉しくて元気よくありがとうと叫ぶ。