第三十五話 街を歩く
食事を済ませてから綺邑を強制連行して外へ飛び出す。あまりにも嬉しくてはしゃいでいた。そして外に出てからやっと自分のしている行為に気づいて綺邑の手を離す。
「わ、ごめんなさい!私ったら!!」
そう言いつつもはしゃいでいる穂琥。果たして綺邑を相手にこの様に出来るものが他に居るのだろうか。
「行きたいところがあるんです!」
穂琥は嬉しそうにたったかと前を歩いていく。そんな穂琥を身ながらあまりなれない『歩く』という行為に面倒を感じながらも穂琥が何故敬意を払い続けるのか疑問に思っていた。
大きいデパートが最近出来て、そこには巨大な本屋があるらしい。穂琥はそこで本を見たいと綺邑を引っ張る。そこの本屋には確かにこれはすごいと思える量の本がずらりと並んでいる。穂琥が楽しげにその本に眼を通していると名前を呼ばれて顔を上げた。
「穂琥ちゃん!」
「獅場君!」
クラスメイトの獅場。軽い挨拶を済ませて綺邑の存在に気づいて首をかしげる。
「おろ?その人は・・・?」
獅場に尋ねられ、答えないわけにも行かないかと悩む穂琥。とりあえず名前を伝える。その代わり警戒しながら。もし綺邑がそれを却下しにきたらすぐに止められるように。しかし綺邑は止めに入ることもなくただ黙って穂琥と獅場のやり取りを見ていた。
「で?何?どういう関係なん?」
「え・・・っと・・・・」
「・・・。え~、薪とかと関係あんの?」
強いていうなれば薪から繋がった関係ですが。それを言おうとして綺邑が口を開く。
「知るか、あんな腐れ外道」
「わっほ・・・」
随分な言動に獅場が驚いた顔をしていた。ただやはりその佇まいは美しく格好がいい。故に獅場も少し見とれているような風ではあった。
「そういえば、獅場君はどうして此処に?」
「参考書を買いに、籐下と。穂琥ちゃん見かけたから買っている籐下放置してこっちに来た」
「え~、ひどいねぇ~」
笑いながらレジのほうを見ると籐下がビニール袋を提げてこちらに歩いてきた。そして穂琥に気づき挨拶をした後、薪が居ないことに気づき少し意外そうな顔をした。
「え・・・薪は?」
「あ~、今居ないの」
「そう・・・」
穂琥は薪が保護する。それを知っているからだろう。そして籐下も綺邑に気づき目を丸くする。みんなそうなのかもしれない。
「これから何するの?暇なら食事しない?奢るよ~、籐下が」
「オレかよ!」
獅場の冗談に籐下が突っ込む。穂琥はそれを笑ってみている。
「あ、でも、綺邑さん・・・」
「別に。お前が構わぬと言うのなら私は良いが」
綺邑の発した言葉。獅場も籐下も聞き惚れる。普通ではありえないだろう、その言葉回しに格好良さを覚える。
昼食の場をどうするか考えて歩いている最中、穂琥は気が気ではなった。綺邑は食事をしないといった。一体どうしたものか。
そんな穂琥の心配をよそに綺邑は周囲に合わせて食物を口に運んでくれた。ただ、最初の一言に穂琥はドキッとする。
「人界の食は不味いな」
いやいや、そんな事言わないでね。籐下と獅場には聞こえていないようだったので安心する穂琥だった。
食事も終わってさて、これからどうしようかと話していると綺邑が急に鋭い目つきになったので三人は驚いた。ひどく警戒した表情に穂琥ははっとした。これは薪が眞匏祗の襲撃を受ける前の表情と似ている。ということは綺邑も感知したということだろうか。
「来る」
綺邑は短くそういう。やはりそうなのだ。穂琥は慌てて二人に用事が出来たと誤魔化して綺邑とともに全速力でこの場を離れる。きっと籐下ならこのことを理解してくれるはず。それを願って。
走っている最中にもっと早く走れないのかと叱責を受けて謝る穂琥。人間ベースの綺邑に遅いといわれるとは思ってもいなかたった。
急停止したので穂琥は転びそうになった。人気のない場所で綺邑は平然とした顔をして立っている。
目の前に降り立った眞匏祗。当然だが綺邑からは眞稀を感じないために僅かに躊躇したようだった。さすがに命を狙ってくる眞匏祗といえど、人間にまで手を出すつもりはないみたいだった。
「お前・・・人間か?」
「そう見えるか?」
眞匏祗からの質問に余裕で答える綺邑。その回答でどうやら人間ではないと判断したらしい相手は怪訝な表情を見せた。人間にそう尋ねてこの様な解答はまずありえない。すれば、眞匏祗のはずだが、人間並みに何も感じない。それを疑問に思ったようだった。
「眞匏祗・・・か?最近噂になっている眞匏祗が居るが」
その言葉で綺邑の表情が変わる。これは不機嫌、という部類だ。
「あんな餓鬼と同じにするな。胸糞悪い」
怒気を孕んだその言葉に乗せられているのはただの怒りだけではなく言葉の力も加算する。言葉の力、といっても別に暴言とかそういった部類ではなく綺邑の持つ眞匏祗とは異なった特殊な力にてその言葉で相手を威嚇し怯ませる力。
「私は奴ほど甘くないぞ。覚悟しろ」
綺邑は右手を軽く振った。それだけで相手は簡単に吹っ飛んだ。そして地面に叩きつけられる前にその姿を消した。跡形もなく。
「え?!何・・・?!殺してないよね・・・?!」
「有る訳無いだろう。自ら仕事を増やす様な真似、するか」
面倒くさそうに綺邑がそういったので安心て肩を落とす。そして先ほど置いてきてしまった二人の様子を見に行かねばと穂琥が言うと、綺邑はそれを止めた。どうやら籐下のほうが何らかの理解をしてくれたらしく、もう他の場所に移動しているらしい。さすが、これだけ離れてもそうやって人の存在を感知して位置まで特定できるとは、『神』に属する存在は違うなと穂琥は思った。
後もその『神』に属している綺邑をまるで友人ごとき振り回す穂琥にそっとため息をつく。穂琥としては薪と違って文句の一つも無く付いてきてくれる綺邑に気をよくしていた。