第三十四話 願いを受け止める
痛い。これを痛いといわないでなんと呼ぶ。
自分のして欲しい事を言った穂琥に凄まじい眼光を放った綺邑。ただ穂琥はその眼に慣れていないだけだということをそろそろ理解したほうが良い頃合だ。
「い、いや!本当に!別にいいんです!駄目なら!」
「お前さ。私は未だ何も言っていない」
綺邑のその言葉に穂琥は呆然とする。そして穂琥の願い出に対して構わないと答えた。それが意外すぎて嘘ではないかと疑った。しかし綺邑は嘘は言わないと答える。
「え?じゃぁ・・・いいの?」
「二度も言わぬ」
綺邑のその返答に穂琥は嬉しくて堪らなくなった。その姿を見て綺邑が未だ子供かとため息をついたことを穂琥が知る由もない。
二つ目の願いでは即断即決、却下。このお方は本当に否定は早い。なるほど、と思う穂琥。確かに否定さえされなければ別に問題はないのだとやっと理解し始める穂琥だった。
「顕現してください~~!!」
「断る。何度も同じ事を言わせるな」
「してください~~!」
「・・・」
さすがにこの沈黙が肯定だとは幾らなんでも思わない。ただひたすら綺邑に頼み込むがさすがに綺邑も否定することも面倒になったらしくただ睨むだけになってきた。
沈んだ気持ちを少しでも晴らしたい。不安を少しでも忘れたい。綺邑に願い出たのは一緒に外を散歩してほしいということ。無論、それに関しては肯定をもらった。しかし、その後の顕現した状態では断られた。当然といえば当然のことだ。眞匏祗ですら知らない死神の存在を人間如きにさらすなど。ありえる話ではないことくらいわかっているのだが。
薪の影響か、粘り強い穂琥は起きてから3時間という時間をただひたすら綺邑への願い出の言葉で埋めた。その意気込みと折れぬ心にさすがの綺邑も呆れた。
「はぁ、仕方ない」
「本当!?」
「その代わり条件だ。お前の眞稀を遣せ」
綺邑から言われた条件。それ自体は別に穂琥としては構わない。ただ、それの意味は?
「私はこの世界で身を置く事には無理を生じさせる。人型を取ると言うことは随分と浪費する事なんだよ」
力をわざわざ行使しなければ人型を取ることは出来ない。しかし、たかが『散歩』のためだけにその力を行使しようとは思わない、思うわけがない。そこでそれを願い出てきた穂琥自身が、その眞稀を以って綺邑に力を渡し人型を形成する、ということ。
「全然構いません!幾らでももらってください!!」
死神相手に『幾らでも』とはよく言えたものだ。無知ゆえか、それとも個性か。どちらにしろ中々面白く興味をそそられる。綺邑は穂琥から眞稀を受け取る。
穂琥の渡した眞稀は綺邑の胸元で小さく玉になっていった。そして圧縮されていきそれは美しい宝玉のような形に収まった。見るものが見れば尋常ではない力の塊。のどから手が出るほどほしくなるような巨大なエネルギーの塊。しかし、それがどれだけすごいものかは穂琥にはわからないし、恐らく綺邑がそれを持っている間はただのガラス玉にしか見えないだろう。
それを完全に珠にすると綺邑の容姿が少し変化する。普段、地面よりも少し上を浮いている綺邑がすっと地面に足を付く。そして着地するとローブを脱ぎ去った。服装はすでに人のもの。普段長く覆っている右の前髪も短くなって両目とも見える。美しい色をしていたその橙の髪も僅かに橙色を帯びている程度の茶色になり、赤く光る瞳も黒く変化する。それを目の当たりにして穂琥は思うのだ。
―綺麗過ぎる・・・てか、格好いい・・・
普段、目元しか見えない綺邑の顔がここまで露になったのを見たのは初めてで以外にも整った美しい顔立ちだった。並の男なら惚れてしまってもおかしくはないかもしれない。女である穂琥ですら魅了されたくらいだから。
「準備はしたぞ」
その容姿にまた似合う低めの落ち着いた声。穂琥はなんだか妙な気分に陥った。そしてその言葉をやっと脳へ伝達するとはっとしたように意識を取り戻す。
「あ、ありがとう・・・ございます。えと、まずご飯食べていいですか?起きてから何も食べていないので・・・」
綺邑はそれを聞いてベッドに腰を下ろして足を組んだ。
「なら私は此処で待っている。元来、私達は食物は摂取しない」
「了解です」